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1に異性、2に版画、34がなくて、勉強は5未満だ!という夢


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今朝見た夢。
その夢の中で私は中学生なのだが、なぜか「過去の経験則」というような知識を持っていて、同級生・・・その同級生もなぜかまた自分・・・に向かって説教をする。
曰く、

「1に女の子、2に版画だ!3、4がなくて、勉強は5未満だ!」

と力説していた。

そして、私は(夢の中で)目が覚めた。(つまり、「眠っていて目が覚める」という夢、を見た。ややこしいことに)

で、(夢の中で)目が覚めた私は高校生で、「そうだ!素晴らしい夢を見た!まず女の子だ!好きな子に告白するんだ!それから、消しゴムで版画を彫るんだ!器用なことは重要だ!勉強なんてどうでもいい!」と、深く納得するのであった。

・・・というところで、今度は本当に、眠りから目が覚めた。
そして私は「そうだ!素晴らしい夢を見た!でももう47歳じゃないか!」と憤慨していたが、女の子に関してはひなが居るのでいいじゃないかと思った。あと、版画は、昨日の夜にひなと「春の湯河原美術展に版画を出品しようと思う」という話をしていたから出て来たのかもしれないけれど、消しゴム版画ではなくて木版画です(ただし葉書サイズ。でも額装はします。)

勉強はねえ、もう、勉強してもどうせ頭に入らない歳になっているし、過去に置いてもあまり勉強をしなかったので、これもまあ、概ね正しい道を歩んでいるような気がする。

高校受験の時少しと、あと、大学受験の時、「英語1」の薄い問題集を途中くらいまでやったかなあ、あ、でも一般推薦取るため、高校3年の1学期の定期試験だけは全力を挙げた。

とか言っても、地理と現代文こそハイスコア取れたけど、英語とか散々で、世界史も60点くらいしか取れなくて、1学期の成績はクラスの中の成績順で中間くらいだった。私の頭なんてせいぜいそんなもんです。
地理は鉄道趣味の延長、現代文も鉄道雑誌の読み過ぎ(あと新聞も三面記事を中心に割と良く読んでいた、一面とか社説とかはあまり読まなかった。朝日と日経。)だからやっぱり勉強なんかより、女の子に告白することに力を入れる事に、もっと力を割くべきだったかなあと(告白しなかったことは後悔している)、しかし、47歳にもなってなんちゅう夢を見とるんじゃいとか思ったりして、あ、でもひなさんにだけは30を過ぎてから告白したから、これはOKか。

支離滅裂な夢を見ると、支離滅裂な日記になってしまう。

夢について補足しておくと、アナフラニールを完全に止めて2週間くらいになるけれど、全身が痺れて頭が「ギーン」と鳴る苦しい夢は、全然見なくなった。前はしょっちゅう見ていた、アナフラニールを1日100mgに増やしてからは特にそうだったと思うのだけれど、今は、アナフラニールを減らしてアモキサンを50mgから75mgに増やして、それは最初は寝ても起きても何だか凄く苦しかったけれど、今は「ちょっとハイになるかな」くらいになっている。あ、これ、私の個別の症状で、誰にも共通する現象かどうかは分かりませんので、そういう例もあるのかもしれない、くらいに読んで下さい。(アナフラニール 夢、とか、アナフラニール 悪夢、とかのキーワードで検索してこのページに到達された方へ)。

アナフラニール、インデラルと悪夢


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今日、クリニックの日。
最近、というより数年前から、悪夢を見ることが多いので、主治医に相談してみた。
正確に言うと、数年前というより、抗鬱剤「アナフラニール」を飲むようになってから、悪夢を見ることが多いことに、最近になって気づいた。抗鬱剤は今、アナフラニールとアモキサンを飲んでいて、最初は「アモキサンを増やすと悪夢を見る」と勘違いしていたが、最近ふと、そういえば「アナフラニールを飲む前はこんなに悪夢は見なかった」ということに気がついた。

悪夢というのは、具体的には「体がビヨーンと伸びてぐるぐる巻きになる」とか「裸で空中に浮きながら移動して(リニアモーターカー?のように)、そのうち全身が硬直して電流の中に投げ込まれたような感触に襲われる」とか、まあ、書き出して行くときりがないのだけれど、全般的に意味不明でかつ不快で苦しいものが多い。いちいち記録していないので悪夢の記録はこの辺にしておく。

で、そういえばネットがあるじゃないか、というので「アナフラニール 悪夢」で検索してみたら、何と、アナフラニールだけでなく、その副作用止め(体がふらつく上に脈が上がる)として飲んでいるβブロッカー「インデラル」までが、添付文書に副作用として「悪夢」が記されているらしい。そりゃ悪夢も見る訳です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E5%A4%A2

もっと早くに気づけば良かった。

3人で楽しく過ごす夢


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今朝は早起きした。

江ノ島に出張する案件があって、それが、「現地に行ってみないと分からない」要素を含む案件で、果たして作業がいつ終わるか、下手をすると今日中に終わらないんじゃないかと思われた仕事だった。その依頼が来た時から憂鬱だったが、憂鬱のピークの中で、仕事に行って来た。そうしたら予想外に問題は早く解決して、昼前に湯河原に戻って来ることが出来た。

今朝の東海道線は、国府津で停電があったとかで、早川あたりから徐々に遅れが出て、藤沢に30分くらい延着した。だが今朝遅れが出ていたのは東海道線だけではなかった。最近の東海道線は、車内に、他の各路線の支障状況がLEDの文字盤で表示されるが、それによると、中央・総武線で車両点検で遅れ、東海道線の遅れの影響で湘南新宿ラインも遅れ。東京メトロの丸ノ内線が、池袋ー茗荷谷間の「システム障害のため」遅れ。鉄道の「システム障害」って何だ?と思ったが、今時の首都圏の鉄道はコンピュータで管理されているから、そういった関係のトラブルがあったのかもしれない。しかしよく分からなかったのが京浜急行で、黄金町駅で「車内トラブルのため」遅れているという。車内トラブルって何だ?喧嘩でもあったか?急病人か?ともかく、今朝は首都圏のあちこちで、憂鬱な朝の通勤時間が流れていた。

そういう訳で、今朝は、元々予定されていた自分の仕事と、東海道線の遅れと、二重の意味で憂鬱だったのだけれど、今朝起きた時、ひなが私に話したことが心に残っていて、それについてぼんやりと考えながら電車の中での時間を過ごしていた。それは、「豆(私)と朔ちゃんと私と、3人で楽しく過ごす夢を見た」ということだった。

最近、私は機嫌が悪い。私もいよいよこの歳になって、もう夢がなくなってきたなあ、と思うようになってきた。小説は去年から湯河原文学賞、電撃大賞、北日本文学賞と連続でスカした上に、今回またもやGA文庫大賞でスカしたばかりか「評価D」を貰って思い切り凹んだ。写真家として有名になる線も、もうないだろう。アサヒカメラ.netに2回入選したことがあった程度で、それも、選者の方が替わられてからは私のようなストレート過ぎる写真はあまり受けないのか(それを責めている訳ではありません)、コンテスト荒らしにさえなれない有様だ。ベンチャーで一山当てる可能性はゼロに等しい。大金を掴む大商いは、私には無関係だろう。宝くじとかギャンブルとかそういうのは、当たらないに決まっているということを20代の頃に痛感しているので、もうやらない。もう何と言うか、私には夢もへったくれもなく、しょぼくれて歳を取って行くことだけしか出来ないんじゃないか、と。

しかし、それは違うんじゃないかと。ひなの今朝の夢の話で、そう思い始めた。

私にとっても、「ひな、朔ちゃん、私と、3人で楽しく過ごす」ことが出来れば、それが一番楽しいじゃないか、それが一番幸せじゃないか、と。下手に有名人になどになったら、むしろそれから遠のいてしまうかもしれないじゃないか、と。なら、今のままでいいじゃないか。いや、今のままどころか、もう商売など廃業してしまって、生活保護を受けて暮らしてもいいくらいだ、と。(私の個人芸で受けている仕事があったりするので、実際には廃業はそう簡単には出来ないのだけれど。)無理して大きな仕事をしたりせず、ひなと朔と私と、3人で珈琲を飲む時間などをなるべく作るとか、そういう過ごし方の方が重要なんじゃないかと。

例年、朔は春になると私の布団に入ってこなくなる。蒸し暑くなるのだろう。4月になると、布団の上に乗っかって寝る。でも今年は、割と暖かくなってからも布団に入ってくる。朔も歳を取って甘えっ子さん度が高まっているのかもしれない。

今日も朔が布団に入って来るといいなと思う。

三階でお相撲さんと押し合いをする夢


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数日前に見た夢。

私は高校の修学旅行に来ているのだが、同級生の中に一人、きゃりーぱみゅぱみゅの「ふりそでーしょん」のPVの、最初の一瞬と、途中から最後の方に出て来る、タバコを吸うばっちいライオンオヤジみたいな怪物が居て、そいつはなぜか海辺に突き出した堤防で釣り糸を垂れながらタバコを吸っていた。

(参考↓ふりそでーしょん)

もともとキモイ奴でそいつが嫌いだった私は、先生を呼ぼうとする。「先生!あいつタバコ吸ってます!停学ぶちかましてやってください!」しかし先生がいない。そしてなぜかイチローによく似た同級生がそいつに注意をするのだが、何か酷く侮辱されたらしくて「俺は37歳にして初めてこれほどの屈辱を受けた」と怒りながら帰って来た。(おいおい高校の修学旅行にどうして37歳の同級生がいるんだ?って話はおいといて)
で、とにかくそのキモイ奴からは、粉末のようなフケのようなホコリのようなものがぶわぶわ発散されていて、そいつがいよいよ私に近づいてきそうになったので、もう逃げるしかないと思った私はエレベーターのボタンを押す(そこはいつの間にかホテルのようなところになっていた。)
エレベーターはすぐに扉が開いたが、凄く狭いエレベーターで1人しか乗れない。後ろに「あたしたちの方が先に待っていた」と主張するおばさん2名が居たが無視してエレベーターの「閉」ボタンを押して、最上階・・・といってもそこはたったの3階建てなので、3階のボタンを押した。やがてエレベーターが発進して3階に到着するが、そこは螺旋形の滑り台の頂上になっていた。これは一体何のためのエレベーターなのだ?と私は疑問に思うが、それより何より、その滑り台の上にはお相撲さんが3人もいて、ぎゅうぎゅうになって押し合いへしあいをして、私はあっという間に押し出されて滑り台を滑って1階に戻ってしまう。お相撲さんのうち1人は確かに横綱白鵬だったが、私自身白鵬に恨みはない。
それでそれで、1階にもどってしまったら「またあのキモイ怪物がやって来るではないか!」ということで、私は慌てて1階の食堂のようなところに飛び込んで、そこから従業員用の通路を通って・・・

なんかそのあとよく分からない路地のようなところを逃げ回っていたような気がするのだけれど、何しろ数日前の夢なので、続きを忘れてしまった。

最近に始まったことではないが、訳の分からない夢をよく見る。

京都でバチが当たる夢


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夢の中で、そこは京都だった。

京都の込み入った路地を曲がって行くと、裏手からその不動産屋に入った。そこは不動産屋なのだが、和風建築の3階建てで、1階には2つのカフェが入居していた。
不動産屋は「神田」という名前の不動産屋で、その中にカフェがあるなんて「凄いじゃん、神田珈琲園みたいじゃん」と驚いた。
カフェのうち、通りに面した1件はオープンスタイルで、明るい感じだった。
その隣にあるのは、細長いカウンターだけのカフェで、いかにも美味しそうな珈琲を出しそうな雰囲気のある、白熱電球に照らし出されたカフェだった。
(私は時々、「とても美味しい珈琲を出すカフェ」の夢を見る。)

不動産屋には三階があり、そこは何か不思議な宗教施設になっているとのことだった。そこで、一緒にいたひなと、ひなの友人のりえさんが、突然階段を駆け上って3階に向かって行った。私も後を追いかけて行った。
ひなとりえさんは、3階の屋根裏にある太い鴨居からぶら下がっている数本の紐を見つけて、それにぶら下がって、ぶらんぶらんと、ぶらんこのように遊び始めた。すると、バーンという大音響がしてブランコが樽のようなものにぶつかり、3階から樽が落ちて行った。
そうしたら頭つるつるで袈裟を着たお坊さんがやってきて大いに怒っていた。そういうことをすると大変なバチがあたるということだった。
やがて巫女さん(ここはお寺?神社?よくわからない)がやってきて私たちを1階に案内し、すると1階にはいつの間にかおみくじ売り場のようになっていて、おみくじの箱に「七十日間ステーキを食べてはならない」「七十万日間さいころステーキを食べてはならない」「七ヶ月間焼き肉を食べてはならない」と書いてあった。どうやらそれが「バチ」らしかった。
だが、それだけでは済まなくて、その宗教施設が運営している、病気の人を助ける施設のようなところで、ひなとりえさんは働かなくてはならないという。
そんな無茶苦茶な、と、私はひなを助け出そうとするが、人並みがわらわらと涌き出して来て、私は不動産屋(宗教施設?)の外に押し出されてしまう。
するとそこでは京都の祇園祭をやっていて、足の踏み場もないほど通りが混んでいて(そういえば祇園祭の山鉾はなかったが、なぜかそれは祇園祭ということになっていたのだ)、私はその上をクロールで泳ぐように空を飛びながら浮かんでいるのだが、どんどん不動産屋から遠くに押し流されてしまう。
やがて気がつくと私は阪急嵐山駅の近くまで来てしまっていて(そもそも祇園祭は嵐山ではやらない)、そういえば阪急嵐山線には710系が走っているななどと思いながら(今は6300系でしょう!いつの話だ!)、何とかしてひなを助けに戻ろうとするのだが、こんどは人並みに加えて近所の川が氾濫しはじめて、ますます私は押し流されてしまう。私は通りの家々の軒を掴みながら、空中を泳ぎつつ、なんとかして不動産屋を目指そうとする。すると右の横腹に激痛が走り、よく見るとブリキ板をネジ止めした横腹がはがれそうになっていて、これは母屋で飼っている猫の「くま」が悪いことをしているのだと、私は察知する・・・

・・・というところで目が覚めた。
薬を変えたせいか、支離滅裂な夢をみることが多い。

「五條みいみい」から「みいみい北」まで2キロの渋滞


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最近体調が悪い。
薬を変えたのだが、もしかしたら強すぎるのかもしれない。
変な夢を見る。
金縛りのような、しびれのような夢。
あと、昨日は「ラジオの交通情報の夢」というのを見た。
それによれば、「みいみいインターナショナルリゾート」というところが凄く人気で、

下り線は「五條みいみい」から「みいみい北インター」まで2キロの渋滞
上り線は「みいみい南インター」から「中央みいみい」まで4キロの渋滞

何だ、上下線とも混んでんじゃん、という夢だった。
ラジオの交通情報だから、映像はない。映像のない夢というのがあるのかと問われそうだが、実際、そうだったのだ。

このところ思うことは、もうこの歳になって有名人になってブレイクすることもないだろうし、ただの大金持ちになることもないだろうということだ。
それでもひな朔が居ることで充分幸せに思うし、これでいいのだろう。

最近、体調が悪い。

朝ラッシュの電車が満員で乗れない夢


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今朝、また訳のわからない夢を見た。

私はサラリーマンで、通勤に電車を使っていた(注:実際、20年前はサラリーマンで、ラッシュの都心を通過していました)。上野駅で常磐線を降りて、地上ホームから日比谷線に乗り換えようとしたら(注:日比谷線は上野駅の地上ホームには乗り入れていない。地下。)、日比谷線のホームが異常に空いている。それでおかしいなあと思っていたら、そのホームは「到着する電車が入るところ」だった。つまり、そこからは乗れないのだ。で、乗車用ホームに行ってみたらもの凄い混雑で、階段からは切れ目なくスーツ姿のサラリーマンが出て来て、大混雑をしているのだ。発車を待つ電車は全て、隙間がないくらい満杯で、もはや体を入れることが出来ない。次の電車も、その次の電車も満杯で乗れない。そうだこういう時には迂回すればいいんだ、と思って、銀座線の地上ホーム(注:銀座線も上野駅乗り入れているが、実際には地下である)、に行って見ると、ここも満杯で、これはダメだと思った。そうだ、半蔵門線に乗ろう、半蔵門線なら空いているはずだ!とひらめいた私は(注:実際の上野駅に半蔵門線は乗り入れていない)、常磐線と立体交差している半蔵門線ホームに向かうが(注:実際にはそんな箇所は存在しない)、半蔵門線がこれまた日比谷線を超える満員ぶりで、スーツが破けて血だらけになっているサラリーマンがふらふらしていた。この人達これから会社に行けるのだろうか?と思いつつも、私はついにここで乗り換えを断念して、常磐線のホームに戻ってみる、すると何と、常磐線ホームも満員になっていて、折り返しで空いていると思っていた電車までが満杯になっているではないか!車両はなぜか「千代田線カラーの」103系1000番台で(注:千代田線カラーの103系1000番台が上野駅に乗り入れた期間は、なくはないがごく短く、私は乗ったことがない)、窓にサラリーマンが押し付けられて顔がゆがむほどの混雑だった。それでも私は無理に乗り込もうとすると、私は大けがをしてボロボロになって駅員さんに担架で運ばれて行く・・・

この夢にどういう意味があるのかについては、全く分からない。

デンキニンゲン


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 体調が悪くて午前中起きられなかった。
 そして、訳の分からないな夢を見た。
 以下、あくまで「夢を見た」話であって、実在のそれらとは全く関係ありません。

 私は抗鬱剤アナフラニールの副作用でビリビリ痺れて(注:アナフラニールは実在の薬ですが、ビリビリ痺れるという副作用はありません)、この状態をなんとかしたいと思って、主治医のところに行って見たが、主治医も原因がわからず、解決しない。それで、別の「コンサルタント」の所に行くと、母が私を生んだ産婦人科の病院に行ってみる必要があるという。
 それは茨城県牛久市にある。
 ところが、そこに行くと、なぜか余計に全身がビリビリと痺れて、何者かが妨害活動をしていることに気がつく。
 そして、その何者かというのは、実は富山県に本拠を置く「ビックグループ」らしいということが判明する(注:実在の「ビックカメラ」とは関係ありません。全然ありません)。それで、私は「デンキニンゲン」という存在に変身して、中学時代の同級生A、W、O、Tとともに5人組を結成して(注:ここに登場する私以外の4人はいずれも頭がいい。それだけは事実)、富山の「ビックグループ」の本拠に飛んで行く(みんなデンキニンゲンなので空を飛べる)。すると富山には、なぜか病院が異常に多いということに気がつく(注:現実の富山県はそんなことはありません)。それは「ビックグループ」の親玉が富山医療界を牛耳っていて、「ビックグループ」にお金を払うと簡単に病院が作れるからだということが、なぜか分かってしまう。富山の中心街に飛んで行くと、そこには「ビックグループ」の経営する日帰り温泉とか家電量販店「ビックカメラ」(注:現実のビックカメラにはそのような親玉団体などはありませんし、富山が本拠でもありません)も沢山あって、私たちは「なんちゅう街なんだ」と呆れてしまう。この街では「ビックグループ」が全てで、「ビックグループ」に逆らっては生きて行けないのだ。(注:この時点で「アナフラニール」の話はどこかに飛んで行ってしまっている)ビックグループはとにかく悪い奴らなので、私たちは「ビックグループの総帥を退治しなければならない」という意見で一致する。しかし、ビックグループの総帥はもう高齢で、ほっといってもそのうち死ぬだろう、問題はその後だ、ということに気づく。総帥が死んだ後、総帥直属の部下が100人居て、その100人全員がまた「悪の親玉」になるだろう、ということだった。「そんな、100人も退治するなんて無理や」と関西弁で同意した私たちは、なぜか青森に行くことにする。
それで、日本海沿岸の鉄道線沿いにビビビビビっと空を飛んで行こうとするのだが、後ろから「急に列車が近づく警報」が聞こえて来た。最初は気にしなかったが、私が「これはおかしい!」と叫ぶ。ここは列車が少ないはず。そんな急に列車が来るなんておかしい!それで私たちは、線路横の溝のようなところに降りて体を隠す。やがて謎の列車がやってきて、すると、ビリビリビリ!ともの凄い高電圧が流れて私たちは苦しむ。もがいたり仰向けになったりして苦しむ。列車は「ビックグループ」が送り込んで来た、私たちを殺すための特別列車で、50両編成だった(なぜ50両と分かったのかは謎)。やがて列車が去って、私たちは溝から出て来て、再び鉄道線沿いに北上を続ける。私たちは時速300キロで北上するので、やがてさきほどの特別列車の尻尾が見えて来る。やっぱりあの列車はおかしかった。タンク車のような貨車を繋いだ編成なのだが、一番後ろから太い電線が下がっていて、ビリビリと高圧電流を地中に流していたのだった。
私たちはもうすぐ青森に着くところまで来ていたが、これは青森もヤバそうだということで、東京に帰ることにする。空を飛んでいるのだから直線コースで帰れば早そうなものだが、実は、私たちはあまり高く飛ぶことが出来ず、また鉄道線沿いに飛ぶことにするのだが、最初、田沢湖線(秋田新幹線)沿いに飛ぼうとするが、田沢湖は有名だからまた「ビックグループ」が待ち受けているかもしれない(注:意味不明)、という訳で、北上線沿いに飛ぶことにする。しかし、後ろから再び「ビックグループ」が追いかけて来る。今度は彼らも空を飛んでいるらしく、私たちが北上山地の森の中に逃げ込むと、森ごと高圧電流で焼き討ちにしようとする。私たちはしかし、空を飛ぶだけでなく、地下をも時速300kmで突き抜ける能力を持っていたので、地上に突っ込み、そのまま北上山地の地下を突っ走って行く(注:最初からそうしろよ)。相変わらず「ビックグループ」からの攻撃は執拗に続いており、後ろから高圧電流を流されてビリビリするのだが、地中で地下水の水脈に突き当たり、私たちは全身を冷して助かる。
そのまま私たちは地中を時速300kmで東京を目指し、ずぼっと出て来たところが東京の池袋で、池袋で「ビックグループ」が経営する日帰り温泉の浴槽の中に私たちは現れたのだった。(注:だからといって「しずかちゃんの入浴シーン」などは出てこない)。はははビックグループざまあみろなどと毒づきながら私たちは池袋の街に出る。(注:ところが、この「池袋」の風景がなぜか「秋葉原」にそっくりだった)。
私たちはとりあえずどこかで、今後の方針について話し合おうということになり、池袋の大きな川で体を冷しながら相談することにする、が、ふと見上げるとそこには「ビックカメラ」があった。そうだ!池袋といえばビックカメラの本拠地ではないか!(注:これだけは事実だが、じゃあ富山の話はどうなったんだ?)で、私たちは慌てて、ビックカメラの裏手から、石丸電気の裏手に移動しようとするが、石丸電気の裏手の川は、なぜか、バレーボールをプレイする男達で混雑していた。そして、うろたえているうちにまた後ろからビリビリと高電圧攻撃。しまった!これはまた「ビックグループ」の罠だった!
私たちは急きょ、また地下を突き抜けて「千葉のマザー牧場」(注:マザー牧場自体は実在する施設)に行くことにする。そして地下にもぐるが、「ビックグループ」の執拗な追撃は、時速300kmでも振り切れない。しかし私たちには秘密の技があった。それは「IEEE1394モード」(注:IEEE1394という規格は実在するが、「デンキニンゲン」が「地中を移動する」ための規格な訳ない)に変身し、5人が連結したような状態になって地下をもの凄い速度で進みはじめる。そして「ずぼっ」と出て来たところは、何と、神戸の六甲山牧場だった(注:六甲山牧場自体は実在する施設)。私たちは「さすがIEEE1394モードは速いなあ」と関心しつつも、その進路の出鱈目さ加減に困惑してしまう。そして、なぜかその近くにある「有馬温泉」に行って見ると、何と、ここも「ビックグループ」が経営する温泉旅館が林立しているではないか!(注:意味不明)。
それで私たちは「再びIEEE1394モードでどこかに移動しよう」ということになり、私が「そうだ高知にしよう、土佐湾に逃げよう」と提案する。私たちは再び連結してIEEE1394モードで地下を突っ走り、ずぼっと土佐湾上空に飛び出すと、なぜか真鶴半島が見えた。

すみません、ここで目が覚めました。この夢の意味は、私にも全く分かりません。
あと、繰り返しますが、この話は富山県にもビックカメラにも関係ありません。あくまで「そういう夢を見た」という戯言です。

54000円の回数券を買う夢


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嫌な夢を見た。

その時私は(夢の中で)全身がしびれていて、何か厚い雲のようなものにつつまれている感じだった。そこは神奈川県横浜出納事務所だった。(注:神奈川県横浜出納事務所というのは1990年頃に実在していた県庁の出先機関であり、私が最初に正社員として働いた場所であるが、現在は組織統廃合により存在しないし、私自身今は県職員ではない。)
で、仕事が終わって帰ろうということになって、そうしたら、なぜかエレベーターが節電のため「10階から1階までノンストップ」という設定になっていた。しかし私は厚い雲に覆われている上に全身がしびれているので、どうにもこうにも苦しかった。そして私はなぜか財布に現金7万円が入っているのを知っていた。(注:現実の私は財布に7万円も入れていることはまずない。高い買い物はクレジットカードを使うから。)7万円も持ち歩くのは危ないと思いつつ、この体の状態ではますます危険じゃないかと考えた私は、横浜銀行のATMにこの7万円を預けることを決心する。そして、横浜駅西口の壁面に設置されていた奇妙なATMに7万円を入れるのだが、全身がしびれていてしかも厚い雲に覆われているので、果たしてこれが本当にATMなのか、操作を間違ったりしていないかと心配になる。7万円を入れてよくわからない丸いボタンをあちこち押しているうちに「ご利用明細書」が出て来たのでそれを受け取った。ボタンをさらに連打すると何枚か紙が出て来た。
これでよしと思って、そのまま横浜駅の雑踏(まだ東横線が地上を走っていた頃のイメージで、人の流れがメチャクチャで歩きにくかった頃の感覚)を歩きながら明細書をよく見ると、それはATMの利用明細書ではなく、横浜市バスの回数券の領収書で「54000円」と書いてあった。あとから出て来た紙は「1700円」の回数券の領収書だった。ところが私は回数券本体を持っていない。これでは払い戻しも出来ないではないか!これはヤバいということで自動販売機のところに戻ろうとするのだが、体が厚い雲に覆われていて自由に動けない・・・というところで目が覚めた。

全身が痺れて厚い雲に覆われる夢は、時々見るのだけれど、すごく嫌だ。

日本海を観に行ってピーナツチョコを食べる夢


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昨夜、夢を見た。

写真学校のF君とK君の車に分乗して、日本海を観に行こうということになった。
なぜか高校の同級生のスズキヒデアキ君も居た。彼もそういえば写真を撮っていた。
ひなも居た。写真学校の同級生なので、まあ当然居る、という感じだった。

※注
ここでいう「日本海」というのは、兵庫県北部から山陰にかけての一帯を指すということが、夢の中では暗黙の了解とされていた。
しかし、実際の写真学校は横浜の日吉にあって、そこから日本海に行くには、最短でも新潟県であろう。実は夢の中では、写真学校は兵庫県西宮市付近にあるということになっていた。このあたりの訳の分からない設定は、私の育ってきた経緯によるものなので致し方ない。

で、車に乗って、ぐんぐん走って走って、「もうふらふら、これ以上進めない」というところまで着て、海が見えた。漁港のようなところに着いて、漁船が見えた。その近くに大きなユースホステルのような宿があったので、料金も調べずにとりあえずそこに泊ることにした。

男女同室の洋間なのだが(ユースホステルは男女別室)、とにかくみんな疲れてぐうぐう寝てしまう。

ところが、私だけが目が覚める。それがどうも妙な感覚で、起きようとするのだけれど起きられない。ベッドが背中に張り付いているような感覚で、とにかく「上下左右」「天地」「天井と床」の区別がつかない。3次元の感覚が全て狂てしまったようだ。私は起きようとしても起きられず、ぐるんぐるん回転していた。ひなはとなりのベッドでぐっすりと眠っていた。
そのうちふと、ベッドの上に婦人物の時計が置いてあることに気づいた。金属製の、装飾的な細い時計で、誰かから預かったのだろうか?そういえば自分の時計はどこにやったかなと思うと、ズボンの右のポケットに入っていた。
私は無性に「ピーナツチョコが食べたい」と思っていた。そして、突然宿から脱出することが出来て、ちょっと離れたところにあったファミリーマートに入ってピーナツチョコを買った。

※ここで、目が覚めた(これは夢ではなくて事実)

これは夢ではなくて事実だが、時刻は夜の3時頃で、当然のことながら手元にはピーナツチョコがなかった。それで、着替えてセブンイレブンまで自転車を走らせてピーナツチョコを3袋買って帰り、1袋食べた。瞬時だった。美味い。美味過ぎる。もう1袋食べた。それから寝た。

※以下、夢
場面は再びユースホステルのような宿に戻っていたのだが、なぜか新興宗教の儀式のような、大勢の人の声が聞こえて来た。何かお祈りをしているようだ。それも、私たちの部屋とカーテン1枚で仕切られただけのところでやっている。みんなぐぅぐぅ眠っていて、私と、なぜかアヴェちゃんだけがこれに気づいて、「何かやってるよぉ」と話し合う。

・・・

それからまだ少し夢の続きがあったような気もするが、詳しくは忘れた。
で、目が覚めた。
そうしたら、もの凄く気持ち悪かった。
朝の7時だった。新三共胃腸薬を飲んでみたがあまり効かなかった。
私はひなを起こした。「ひなさぁん、すごい気持ち悪い」。
ひなは事情を聞いて、小田原の秘薬「ういろう」を出してくれた。
ああ、こんな愚かなどか食いのために、貴重な「ういろう」を使って良いものかと逡巡したが、これ以外に特効薬はなさそうなので、飲んだ。

今、午前8時45分だが、ういろうの効き目は優れていて、大分楽になった。
夜中にピーナツチョコを大食いするのは止めようと反省した。