久しぶりに,地下鉄の千代田線に乗った.
千代田線というのは,
都心の北東,綾瀬から先はJR常磐線に,
都心の南西,代々木上原から先は小田急に,
それぞれ乗り入れるのだが,
常磐沿線の人間は,綾瀬より先も「千代田線」と呼ぶ.
つまり常磐沿線の人間の認識としては,
「千代田線とは,茨城県の取手から,東京の小田急線に繋がるところまで」
なのである.
このような認識に至る背景には,
一つには常磐線=千代田線特有の
やや変則的な相互乗り入れにがあると
私は勝手に予想しているのだが,
それに関する考察は,ここでは略する.
久しぶりに,地下鉄の千代田線に乗った.
私はかつて,これで通勤していたことがある.
常磐沿線に住んでいたからだ.
常磐沿線の人間にとって,
千代田線とは,それはただの地下鉄ではない.
なぜなら,先にも触れたように,それは,
「そのまま我が家の駅まで」直結している線,という
そんな認識があるからだ.
東横沿線や東武沿線の人が,日比谷線を,そうは見ない.
西武沿線や東武東上線沿線の人が,有楽町線を,そうは見ない.
あくまで「地下鉄」は「地下鉄」であり,
我が家の駅とは別の線路なのであり,
それらは便宜的に直通しているだけに過ぎない.
繰り返して言うが,常磐沿線の人間にとって,
「千代田線」というのは,「ただの地下鉄」ではない.
そしてその意識は,常磐沿線を遠く離れたところに住まうようになっても,
心のどこかに,澱のように残ったままになっている.
そこがたとえ都心であっても,
あの,冴えない緑の帯を締めた車両を見ると,
何だかそこに,
故郷の玄関先が見えるような気がするのだ.
久しぶりに,地下鉄の千代田線に乗った.
今となっては私は東横沿線に住んでいるから,
千代田線を表参道で降りて,
半蔵門線に乗り換えて渋谷に向かった.
乗り換えながら,ふと,石川啄木の詩を思い出した.
故郷の訛りが懐かしくて,停車場にそれを聞きに行く,という奴だ.
常磐沿線の人間に,際だった訛りがあるとは思わない.
千代田線に訛りを聞きに行く,ということはない.
ただ,JRから千代田線に乗り入れてくる
「203系」という車両に巡り会うと,
窓枠やドアのガタつきが大きいのであろうか,
特有のバタバタという騒音を味わうことがあって,
それが,ふと,
常磐沿線に住まっていた頃の,
あまり楽しくもなかった記憶の1つなどを,
思い起こさせてくれることがある.