珍道中


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

8月22日、急用で神田に行った。東海道線が小田原ー熱海間で台風のため運休していて、湯河原は陸の孤島になっていた。
こういう場合でも東海道新幹線は動いていることが多い。実際、今日もそうだった。ということは、なんらかの方法で熱海に出れば、そこから新幹線で東京に行けるということになる。
そこでまず、東海バスで熱海駅に行くことを考えた。湯河原駅から熱海駅まで、昼間は2時間に1本、バスがある。運賃380円。湯河原駅前のバス停は長蛇の列となっていた。列の先頭の人に聞いてみると、所定の時間になってもバスが来ないらしい。実際、その列の最後尾に並んでみたけれど、30分くらい待ってもバスは来なかった。
それで、じゃあタクシーに乗ろうと考えた。タクシーは時々やってきて、それなりに行列を捌いている感じだった。
私の前に、老夫婦が二組居た。私の後ろには若い男性が1人居た。
その後ろに並んだ男性(私より若い感じの人と、私より少し年上っぽい人の2人)が「熱海まで行くんですけど、タクシー来ますかねえ」と話していた。それで私はその2人に声をかけた。「私も熱海に行くんです、タクシー相乗りしませんか」と。「そりゃいいですね、バスよりゆったりできるし(バス停には、どう見てもにバス1台分の定員を超える行列ができていた)。相乗りしましょう」。
ということで、私の後ろに並んでいた男性に、私、後ろの方と一緒に熱海に行きますので、お先にどうぞ、と、列を譲ろうとした。するとその男性も「私も熱海です」と。
じゃあ四人で相乗りしませんか?
そうしましょう。
熱海までいくらくらいかかりますか?
4人で割ればバスよりちょっと高いくらいですよ。
そこで私は、持参していた障害者手帳を見せた。
「実は私、これ持ってるんで、タクシー1割引なんです」
「へぇ、そんなのがあるんですか、そりゃいい」
一同、ホクホク。

それから間もなく熱海からのバスが来た。だが、すぐに発車する様子はなかった。バスから運転手が降りてきて列の先頭の人に何か説明していた。バスが動き出す気配は感じられなかった。
やがて湯河原のタクシーがやってきて、私たちはタクシーに乗った。熱海まで4人お願いします。

「私は体が大きいので」と言って助手席に座った男性は、名古屋まで青春18切符で行こうとしていたのだという。東京から湯河原まで来たところで、電車が止まってしまった。それからもう6時間くらい待ってるんですよ、と。熱海からは電車が動いているというのに、あと一駅なんですけど、と。
後部座席には私を含めて3人。
右手に座った男性は、茅ヶ崎まで仕事で行った帰りだという。「平塚の手前の鉄橋で電車が徐行したので、これは何だか怪しいなと思っていたら湯河原で足止め。まいりました」。
左手に座った男性は「これから御殿場まで帰るのだけれど、国府津経由は電車が止まっているので、熱海から三島経由で帰ろうとしている」という。
そして、私。
「実はこれから東京行くんですよ、新幹線が動いてるので、熱海からこだま号に乗ろうと思いまして」
「へえ東京ですか、そりゃ大変ですね」
「いえいえ、仕事ですから」
「しかし何で小田原から熱海までだけが不通なんですかね?」
「いや実はこの区間が一番危険度が高くて、倒木とか竹とかが線路を支障しやすいんですよ」
「へえそうなんだ」

タクシーの運転手が言うには、国道135号線が渋滞しているという。実際、タクシーが国道135号線に出たところで驚いた。上り車線がのろのろ運転。大渋滞。これじゃ熱海からのバスも来ない訳だ。

私たちは、東京から名古屋まで延々300キロに渡って散り散りになるであろう予定を抱えて、タクシーの運転手の話を聞いた。
「実は今日、小田原に二回行ったんですけど、上りの渋滞が特に酷いです、湯河原付近は流れているけれど、その先はすごい渋滞でしたよ、小田原のお客さんも相乗りでした」
「へえ、そうなんだ」

それからタクシーは伊豆山を超えて、熱海市内に入った。すると下り線も渋滞し始めた。そこで運転手が言う。

「駅までちょっと違う道使っていいですか?」
「お願いします」

それでタクシーは国道を離れて、車1台がようやく通れるくらいの道に入った、名古屋に行く男性が言う。

「すごい旅行になりました、こんな観光が出来るなんて」
「いや、私、湯河原に14年住んでますけど、この道通るの初めてですよ」

細い山道は、途中で竹が倒れかけていたりした。

「小田原までの東海道線もこんな感じなんでしょうね」
「そうでしょうねえ」

熱海駅で私たちは下車し、運賃は2800円だった。

「これでお願いします」

障害者手帳を提示して、私が料金を払う。1割引。2520円。下車してから精算。
「1人600円でいいです」
「いいんですか?」
「全然OKです。一人で乗ったら2500円ですから」
「ありがとうございます」
一同、ホクホク。

「それでは皆さん、よい旅を」

私たちは熱海駅前で解散した。多分、永遠に。