今日は予定していた用事が思いのほか簡単に済んでしまったので、朔ぴょんとごろごろしたりしている。
で、どうでもいいようなことをあれこれ考えてしまったりする訳だけれど、そのひとつに「なぜここ数年になって急に、鉄道に人気が集まり始めたのか」ということについてです。
JR東日本の鉄道博物館がオープンしたのが、2007年。元祖鉄道アイドル豊岡真澄が「鉄道アイドルとして」ブレイクした(と言えるのかどうかよくわからないけれど)のが、やはり同じ頃。
で、時期的なネタを探して見ると、ちょうどその頃アメリカでサブプライムローン危機が起きていて、全世界で数兆ドル(数百兆円)が消えたと言われている。日本は「失われた20年」の終わり頃(まだ終わってないって話もあるかもしれませんが)。
で、話を短絡させてしまうと伊勢中川を経由しない訳です、とか意味不明なことを考えながら、結局のところ「それまでのごく限られた期間について、車に人気がありすぎた」というのが、一つ、あるのではないかな、と。
理屈はよく分からないけれど、日本人の(というか人類の)半分弱を占める男の子というのは、メカニックなものに興味を持つケースが多い訳ですが、一般市民が私有出来る最大のメカといったら、やっぱり車でしょう。あと、それは同時に一種のステイタスみたいなところもあって、いい車に乗ってる奴がモテる訳ですよ。間接的に、女の子も「男の子の車好き」に拍車を掛けていたのかもしれない。
私はバブル絶頂期に就職した(←結局辞めたけど)ので覚えているけれど、その頃、男の人は「就職したらローン組んで車を買うのは普通」なことでした。
それが、バブルが弾けて就職氷河期を経て、ITバブルとかちょこっとあったけれど非正規雇用の増加とかもあって、早い話、若い人が貧乏になった。いや、日本人が日本に住んでて貧乏とか言ったら、アフリカとかどうなるのさって突っ込み受けそうで怖いけど、まあ、日本人各個人的には十分貧乏になったと思っている人が多いし、実際、お金で苦労している訳です。
しかしですね、綺麗に舗装された国道が全国津々浦々まで通っていて1000円札1〜2枚あればたいていの場所に荷物を送れるとか、冷えたビールが24時間買えるコンビニとか、鉄道なんかワンコインで隣町まで行ける清潔で綺麗な電車が結構広く普及しているし、あ、そうか、個人は貧乏になっても社会は意外に持ちこたえていて新幹線なんか昔より充実してるよな、それも一因か?、そういうインフラ(コンビニはインフラか?という突っ込みがありそうだけれど)ってある種の「共有財産」で、そういうのはかなり充実している訳で、何を持って「貧乏」と定義するかによっては全然貧乏じゃないじゃないかという話も(世界的には)有りだとは思うのだけれども、ともかく、高度成長期からバブルの頃までのごく限られた期間、日本の男の子のかなり多くは「借金してまでも車が大好き」だったと思うんですよ、でも、それが買えなくなってしまったという人が増えた。
で、その人達が少子化少子化と言われつつも少しは子供も生んだりしている訳ですけれど、子供達はもう「車のない生活」が当たり前になってしまって、でも男の子って移動系のメカはやっぱり好きで、するとどうしても興味が、縁の遠い世界にある「車」より、身近だし実際乗りもする「鉄道」に移行してしまうのは、ある意味で自然な流れだったのかな、とか思ったり。ここで言う子供っていうのは、大人の中に残っている子供の心みたいなものまで持ち出しはじめると、なんかややこしくなりそうですけど。子供関係ないじゃんみたいな。
宮脇俊三の本とか読んでいたら、戦前の男の子で「特急燕」に乗った同級生から「後光が射しているように見えた」みたいな話が、どこかにあったと思う(記憶が曖昧ですみません)。男の子って、やっぱりそういう「素質」みたいなものを持っている人が多いんだろうな、と。
じゃあ最近女性の鉄道ファンが増えているのはどう説明するのか、と問われると、サブプライム危機もリーマンショックも日本のバブル崩壊も関係無さげに見える訳で、結局よくわかんないのですけれど、単純に「社会的地位、経済力、などなどあれやこれやについて、男性と女性の差が多少なりとも少なくなった」というか、女も男も、日本人個人は貧乏になったけれど鉄道という公共財産はかなり頑張って充実していると、そういうことなのかなあとか思ったりする訳ですけど、やっぱりわかりません。
とりとめもない話ですみません。