テキスト日記」カテゴリーアーカイブ

スニーカーは2次で落ちました


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

http://www.sneakerbunko.jp/award/

もう最終選考結果が発表されている訳ですが、そのずっと前に、私、2次で落とされていました。凹みました。でもまあそうだろうなという気もしました。特に、最後がダメダメだったと思う。

改稿して別の賞に投稿しました。かなり手を加えました。最後のシーンは全く別物に差し替えました。もし大賞とったらざまあみやがれですが、多分また凹むのが関の山だろうなと思っております。

noteで写真を売ってみようと


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

https://note.mu/iijiman
noteというサイトがあって、まだ出来たばかりらしいのだけれど、テキストとか画像とか音声とかを有料で公開する仕組みがあるというので、写真集みたいなものを作ってみた。
とりあえず、まずは、1989?1992年と、1993?1995年。気が向いたら1996年版も作るかもしれない。

この頃というのは、綜合写専に通い始める前の写真ということになるけれど、技術的な限界は結構あって、そういう意味でダメだなあと思うものは多いけれど、改めて思ったことがある。それは、これらの写真について、

「反省はしていません」

ということだ。

日本盛の酵素を飲んで、万田酵素に質問してみた


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

実は、私は「酵素サプリ」を飲んでいる。
そんな、怪しいものの代表格じゃないか、と思うかも知れない。
私もそう思う。

実は、最初、私は万田酵素を飲んでいた。8ヶ月くらい。
それで、何も変化がないような気がした。
ただ、万田酵素を飲むようになってから、急性腸炎とか、急性胃腸炎とか、毎年1回くらい救急車で入院していたのが、なくなった、のは事実である。
痩せた訳でもないし、肌が綺麗になったわけでもない。
白髪が減った訳でもないし、薄毛はもともとなかったので関係ない。
鬱病の方は、何も変わっていないような気がする。やっぱり抗うつ剤アモキサンと抗うつ剤アナフラニールのバランスの方が大きい。どう考えたって大きい。
まあそんなことは最初から万田酵素も謳っていない訳ですけど。
でも、味噌とかぬか漬けとか、発酵食品を食べ続けることがいいことなのだろう、という意識はあったので、だらだらと続けていた。だらだらと8ヶ月。

ある日、同じ「酵素」でも、日本盛の方が激安であることに気がついた。
正直、その違いが分からない。日本盛の方が、材料の種類が多いらしい、ということくらいしか理解出来なかった。
じゃあ、試しにと思って日本盛りの酵素を買ってみた。
そうしたら、これ、西宮市用海町とか書いてあるんですよ。
西宮って私の心の故郷なんです。
万田酵素は因島。因島には申し訳ないけど、西宮の引力に、私は負けました。

でも、そもそも酵素って、何に効くの?という訳で、その点については万田酵素に電話をかけて聞いてみた。
そうしたら、腸から吸収されて、体の免疫力を強化してくれることが期待できる、みたいなことを、オペレーターのお姉さんから聞いた。
免疫力と聞いて、そういえば確かに入院しなくなったな、とは思った。
それと、最近、薄着でもあまり寒いと思わなくなったような気がする。
そんなの酵素なんか飲まないでユニクロのフリース着る方がどう考えたって安い訳ですけど。
でも、何となくよさそうなので、日本盛の酵素を飲み続けている。
何と言っても西宮だし。


あれから3年


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今日の14:46に、湯河原町では防災無線のサイレンが1分間鳴らされた。
私たちは、黙祷した。

あれからもう3年経つのか、と思う。

あの時、初期微動から本震まで時間があったので、遠いところで大きな地震が起きているということは分かった。まさか東北とは思わず、ついに東海地震が来たか、とも思った。湯河原は震度5だったというが、感触としては、うちは4くらいしか揺れていなかったように思う。ただ、確かに長い間揺れが続いたのは覚えている。

正直言って、95年の阪神大震災の時、おそらく一生のうちでこれより大きな地震を見聞することはないだろう、と思った。あの時には西宮に複数の友人が住んでおり、現地の様子がメールで伝わって来て胸を痛めた。

今回は、直接の知り合いは誰も住んでいなかったのだが、90年代初頭に集中的に東北エリアのJRに乗っていたし、三陸はるか沖地震の時には秋田で地震に遭遇したりもした。三陸鉄道も全線乗った。島越駅では下車して駅の喫茶店で珈琲を飲んだりした。

島越駅が流されたという映像を見て驚愕した。
あの駅はトンネルに挟まれた高いところを線路が通っていて、頑丈な高架橋の途中にあった。それが、跡形も無く流されていた。
あのあたりは元々津波対策もしっかりしていて、背丈よりはるかに高い防潮堤もあった。それが、あの結果となってしまった。

東松島にも何度か泊った。その宿は、津波の直撃を受けて再起不能となってしまった。

上野から仙台まで行くのに、あえて常磐線を使うこともよくあった。それは、青春18切符で普通列車を乗り継ぐときもあったし、特急スーパーひたち7号・・・常磐線経由上野発仙台行・・・にも何度か乗った。
常磐線の北の方は、海岸線が見えて車窓が美しい。
そこも津波の直撃を受けたと聞いて、あの美しい海がどんなにか恐ろしい牙を剥いたことか、だいたいの想像がついた。果たして、跡形も無く流された新地駅などの写真を後日見て、ああ、やはり、と思った。

そして原発。放射能は湯河原にも届いたが、実家のある千葉県柏市はホットスポットが生じている。ホットスポット。チェルノブイリの時に、そういう場所が出来たことは知っていた。まさか実家がそれに該当するとは。実家では、庭木を切った枝は、普通のゴミとして出すことが出来なくなっていた。なぜならそれは「放射能を含んでいるため通常の焼却処分が出来ない」からだった。

あれから3年。
果たして私は、私たちは、本当にまともな方向に進んでいると言えるだろうか?
自信がない。

何歳まで現役を続けられるか?


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

義祖父が今年9月に96歳で8回目の年男。
毎日、オリジナルドリンクを作って飲んでいる。
これは、インスタントコーヒーに砂糖とクリーミングパウダーを大量に入れたものになぜかクリームコーンの缶詰を混ぜたものだ。なぜコーン?
さらに彼は、ドクダミとセンブリを煮出したゲロマズいお茶で赤玉腹薬を毎日飲んでいるらしい。すなわち、下剤を使って下痢止めを飲んでいる。いいのか?
血圧が瞬間風速で上200くらいだが、降圧剤を飲んでいるのであまり問題ないようだ。
今日も、親戚全員から反対されたにもかかわらず建設を強行した自宅2階増築部分に籠って、瀬戸内寂聴の写真を机に飾って(瀬戸内寂聴の方が年下なので年下のアイドルということらしい)、時にその2階から「ぐぉー」という音が聞こえて来てそれが何かというと、10年くらい前にひなが買って使わなくなった(というか家に置き場がなくなった)エアロバイクを全速力で漕いでいる音。
さすがに最近は一日の半分くらいは眠っているとのことだが、総じて、全くもって死の気配を発していない。介護保険で言うところの要支援だそうだが、デイケアに1日行って、よほど馬鹿馬鹿しかったらしく、いかにも無理矢理やらされましたといわんばかりのぐしゃぐしゃの塗り絵を持って帰って来た。ありゃ介護保険料の無駄遣いだったな。

義祖母が3月に90歳。こちらはちょっとヤヴァい感じで、何を聞いても「わかんない」「忘れた」と言うようになってきた。家事もしなくなった。こちらもデイケアはお嫌いのようで、何でもデイケアに行くとデイケア利用者の間の人間関係というか上下関係というか、利用者のボスみたいのが居て不愉快なんだそうだ、まあそういう気持ちは分かる。
体が動かなくなって来たのでリハビリに通わなければならない(要介護)のだが、面倒くさいというか億劫らしく、リハビリをサボってごろごろしては、義母に叱られている。こちらは、まあ、90歳にもなれば、そんなもんだろうな、という感じがする。ただ、82歳で寝たきりのまま死んじゃった父方の祖母や、42歳で死んだ父方の祖父(この人とは会ったことがない)とか、そういう人達に比べると驚異的に健康に思える。

それで、一体何を言いたいのかというと、じゃあ、自分は何歳まで生きて、そのうち、何歳くらいまで「現役」でいられるのだろうか?ということを、ふと考えた。考えたというほど深刻なものでもないか、思った、程度のことだけれど。

公務員や会社員の現役は、自分で決定出来ない。定年即現役引退ということになる。
実は過去に学校の事務職員をやっていて、その定年は60歳なのだけれど、私はその半分の30歳で、辞表を出した。その時、私は預金残高から逆算して2002年頃に資金が尽きて自殺でもしようかなとマジ考えていた。折角資本主義の先進国に産まれたのだから、死ぬ前に多少は自由経済のダイナミズムを味わってみたいとは思ったけれど、トレーディングの才覚がある訳でもなく(あれば今ごろ秋葉原でビルの2、3棟くらい買ってます)、かといって自営業など、公務員崩れごときにそうそう務まるとは思えなかった。

まあその後色々あって、現実の今の私は、自営業で、定年がない。
でも、じゃあ一体何歳まで「現役」で居られるのか?
そのときの医療水準とか社会的環境(経済事情の安定性とか)にも左右されるとは思うけれど、そもそも何を持って「現役」と定義したものか。

アンリカルチェブレッソンは95歳まで生きて、92歳まで写真を撮っていたという。

例えば70歳くらいになってもメールマガジンの原稿書きとか、やっている可能性はあるのか。80歳くらいになっても、この豆日記くらいは続けているかもしれない。カルチェブレッソンが92歳か、負けたくないな。

飯島意匠の経営理念


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

1.昼寝をよしとする。
 平日昼間に昼寝をすることをよしとする。

2.暮らし向きに必要なだけ稼ぐ。
 使い切れないほど稼がない。それでも万一稼ぎすぎたら、経費として使ってしまうこととする。そうしないと翌年の国民健康保険が地獄。

3.平塚以東はグリーン車。
 東海道線で東京に行く時にはグリーン車。平日料金950円で、疲労度が大幅に減少するので、結局は得である。

ゆたぽんファイブグッズとひなまめきTシャツ、飯島意匠Yahoo支店


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今日、Yahoo!ショッピングで、「飯島意匠Yahoo支店」の出店手続きが完了した。
もう、誰でもアクセス出来て、誰でもお買い物が出来ます。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/iijiman/

このショップの特徴は、クレジットカード払い、コンビニ払い、携帯キャリア決済が利用出来ることにあります。スマホでアクセスして電話料金と一緒に支払い、といったことが可能です。また、送料は全国一律700円。北海道、沖縄の方も700円。さらに、商品お買い上げ5000円以上で送料無料。これはお得です。

どうぞよろしくお願いいたします。

朔が湯たんぽを知ってしまった


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

最近、朔(猫)が私の脇の下に入ってきてくれない。
ひなの布団の足下に湯たんぽが入っていることに気づいて、布団の下からもこもこ入っていって、湯たんぽの上で寝ているらしい。そりゃ脇の下より湯たんぽの方が温かい訳です、朔も。

年賀状は、自分のは16日に投函したが、まだ仕事の年賀状が残っている。忙しい人達なのでまだしばらく待ちそう。今年も年内一杯、PX-1200ビジネスインクジェットには頑張って貰わないといけない。写真の画質より印刷速度を優先してプリンタを選んでおいて良かった。写真も十分綺麗だけれど。

今年は豊橋の路面電車に乗りに行ったり、名古屋のリニア・鉄道館でモハ52眺めたり覚王山で雑貨屋巡りをしたり、発作的に成田スカイアクセスに乗りに行ったり、別に消費税上がる前にとか考えた訳ではないけれど、去年よりよく出かけた。

来年は消費税も上がるし、仕事も減りそうだし、でも設備投資は特にしなくて済みそうなので、つつましく暮らそうと思う。

おおかみこどもの引っかき傷


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

昨日、というより製作には一昨日の夜になるが、賛否両論あるであろう「おおかみこどもの雨と雪」を見ました。あの映画が公開された時、私は「やめてくれぇ〜」と思ったんですね、なぜかというと「ねこにんげん」をテーマに応募作を書いていたので「変なところでカブるじゃないか!」と。応募作も無事一次審査落ちとなった今ではどうでもいいことなんですが。

それで、実は一昨日、「おおかみこどもの雨と雪」を見る直前に、なぜかNHKの教育テレビで、細野晴臣の出る番組を見てしまった訳です。細野さんの音楽を振り返る、みたいな、淡々とした番組で、YMOなんかもちょっと出て来たんですけど、なぜMAD PIERROTを紹介しない、とか、Fire Crackerはマーチンデニーだろうとか、細かい突っ込みはおいといて、細野さん、今、66歳なんですね。私と丁度20歳差。細野さん46歳の時には、それは1993年頃ということになるけれど、その時彼はYMOの「再生」とかやっていて、もう、充分大物すぎるくらい大物になっていた訳です。振り返って私は何をやっているのかと。湯河原の片隅でちんまり暮らしている。でもそれでいいかも、と。20年後も多分今とあまり変わらないんじゃないかというか、健康状態とかあまり変わらないで欲しいなあと思う訳です。

で、その後「おおかみこどもの雨と雪」を見て、ああ、もう某大手アニメスタジオの時代は終わってるんだなあとか思って、アニメ関係者ではない私にとってはそんなことどうでもいいのですが、何か心の中に引っ掻き傷のようなものが出来て、それが今日になっても少し痛い。
話自体は、見方によってはとんでもない話とも言える。もぐりの学生やってるフリーター狼男を連れ込んで子供までこさえて、そしたらフリーター死んじゃて1人で田舎で子育てするっていう、ちょっと待ちいや、いくらなんでもそんなん無理やん、みたいな。いや「おおかみこども」だから本当にそうするしかなかったというか、そうしてよかった訳ですけれど。狼にも狼の事情があって、どうしても末裔を残したい、とか、この人なら信用出来る、とか、色々事情とか気持ちとかあったのかもしれない。
絵が綺麗でした。あと、ビデオカメラを低く構えて走ったみたいな映像とか、実写取り込みみたいな背景とか。キャラクタの表情とかはむしろシンプルな感じで、独特。
でもそういうディティールだけでない、何か引っかかるものがあった。何だろう。単純に一言で言えば成長の物語(母親も含めて)なのかもしれない、けれど、その成長にからみつく「痛み」のようなものが描かれているなあという気がした。気がしただけかもしれないですけれどね。
で、今、検索して調べたのだけれど、「おおかみこども雨と雪」の細田監督って、私と同い年なんですよ。ああ、ここでもまた、世に出ている人がいるなあ、と。

私は今年も地味に暮らして来て、贅沢をしているといえば月に3500円の神田珈琲園のマイルドブレンドくらいだれど、来年もまたちまちまと地味にくらして行こうと思う。
表舞台で大輪の花を咲かせる人になろうなんて、無理して思わなくていいやって話です。

今年のお買い物


カテゴリー: コインテキスト日記鉄道 | 投稿日: | 投稿者:

今年は色々無駄遣いをしてしまった。主にオークション。

庄内一分銀。
天保一分銀に刻印を打っただけで、銀の含有率も当然同じながら、4〜5倍の値段で取引されている。そんなもの買うものか、と思っていたのだけれど、オークションで比較的綺麗なものが割安で出ていた。で、買ってしまった。買ってしまうと何となく嬉しい。しかも2回。つまり2枚買った。なぜ2枚かというと、1枚は伝酒田で刻印の庄内一分銀、もう1枚は伝鶴岡で刻印の庄内一分銀。庄内一分銀は、ヤフオクをチェックしていると時々割安なものが出ているようだ。もう買わない(と思う)けれど。
ちなみに、今日の田中貴金属工業の銀のリサイクル買い取り価格はグラム50円で、一分銀8.66gは、400円くらいになる計算。銀の価格として考えるととてつもなく割高なんですが、時々眺めてにんまりしてる。

同じく一分銀で、跳ね分の「包み出し」(未使用)。
これも割安で出ていたので、オークションで買ってしまった。跳ね分というのは、表面に記されている「分」の第一画目の払いの先が上に跳ねているもので、希少価値があるとされ、これも通常の一分銀の5倍くらいの価格で取引されているようだ。私が買ったのは天保一分銀の跳ね分。未使用で、わずかに銀のサビが浮いているけれど、それがまた美しくもある。眺めてにんまり。ああ、いけないわ。

ちなみに、天保一分銀の通常品は、美品でだいたい2000円くらいで取引されているようです。(ヤフオク)

阪急6300系旧社紋8連フル編成。
実は今年、阪急6300系「KATO Aセットだけ」というのも買った。うちに12両も溜まっていることになる。4両を既に持っていたのに8連フル編成を買ったのは、それが滅多にオークションにも出ない、中古屋にも出ない、「旧社紋」の「KATO Bセット」を含んでいたから。これがあると、登場して間もない頃の、ある意味で黄金時代の阪急京都線特急を再現出来る。それを買った訳だが、買って驚いた。走行は多少渋いが、車体は綺麗だった。箱もあまり傷んでいなかった。余程大切にされていたのだろう。買って後悔はない。これは実は今日届いた。かなり嬉しいけれど、これで今月のお小遣いが半分飛んでしまった。ああ、いけないわ。ちなみに、旧社紋の阪急6300系も、ヤフオクをチェックしていると、時々出るようである。全く出ないという訳でもない感じ。もう買わないとは思うけれど。

あー、今年は色々無駄遣いをしてしまったなあ。

何事も無い一日


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今日は何もありませんでした。
と日記に書くと、小学校では叱られたものだ。

しかし、今日は何もなかった。それはよいことだ。

午前2時に目が覚めて、そうしたら朔も起きて来たのでブラッシングして、3時頃ひなも起きたので一緒に炭酸水を飲んだ。

午前5時頃、また目が覚めて、そうしたら朔もまた起きて来たのでブラッシングして、また寝た。
午前11時頃目が覚めて、そうしたららぁ麺屋飯田商店の前に20人くらいのお客さんが待っていて、うわぁ今日も凄いななどと思いながら珈琲を淹れて飲んだ。神田珈琲園のマイルドブレンド。
ひなが美容院へ納品に行って来て(手書きTシャツのご依頼をいただいた)、そのついでにヤオハンでおにぎりを買って来てくれた。りんごとトマトを切って、おにぎりと一緒に食べた。
それから昼寝した。
ひなが油絵を描き始めた。キャンバスを1枚張り替えたので、少し手伝った。

晩は鶏の唐揚げを作って食べた。
それからシャワーを浴びて、風呂上がりに炭酸水を飲んだ。

以上だ。

私は16歳の時に精神病にかかり、それは未だに尾を引いているというか別の病気に発展して続いている訳であるが、それとは関係なく30歳の時に仕事を辞めた。
それから写真を勉強したのだけれど、カメラマンの見習いになるには歳を取りすぎていたし、写真作家になるつもりもなかった。今でもない。
ただ、写真というか画像というか、そういうものの近くに自分の(職業的な意味での)居場所があるのではないかという予感のようなものがあって、まあとりあえずは何か技術の基本を一つしっかりと身につけようということで銀塩写真をフィルムの現像から教えてくれる学校に通った。(当時まだNikon D1が登場していなかった。PhotoShopは「CSじゃない無印の」Ver.4。1997年の話。)
そこでひなと出会った。

それから16年経った今、職業的には「Web管理」という隙間産業に辛うじて食い付き、それはやっぱり画像処理「も」分かっていないと非常に困るジャンルの仕事であって、ただ、職業的に言うならPhotoShopよりIllustratorの方が重要かもしれないけれど、ともあれ細々とそれで暮らしているが、今日は土曜日なので休み。

今日は何もありませんでした。

御坂美琴のねんどろいどが予約入りまくりらしい件


カテゴリー: テキスト日記萌え | 投稿日: | 投稿者:


Amazonで、3000円台で予約開始→すぐ予約でいっぱいになってプレミアム付き5980円の商品だけになる、というのを繰り返している様子。
楽天にはまだ2〜3000円台で予約受付中の店がある様子。
超電磁砲Sが始まったからといって、今まで人気がなかった訳でもなく、なぜ今まで「ねんどろいど化」されなかったのか不思議に思っていたのだけれど、発売されたらされたでこんなに景気よく売れて行くとは思わなかったので、それも少し驚き。
いや、買わないですけど。買わない。多分。きっと。

IEでページ内リンク(アンカーポイント)に飛ばない件


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

あるクライアントのサイトのリニューアル案件。スマートフォンでのアクセスが増えて来たので、スマートフォンでもある程度見やすくするように、と。
元々、メニューボタンが小さめのサイトだった。
それで最初、メニューボタンを大きくするだけで、あとはスマホで拡大しながら見ればいいだろうと思っていたけれど、それもどうかなと思って。やっぱりスマホでは文字がある程度大きくないと見づらいだろうと。で、色々悩んだ末、ちゃんと作り直すことに。

元はテーブルレイアウト。9年前に作った。その時に使ったページ内リンクは、

<A href=”hoge”>hogeへ</A>

と、

<A name=”hoge” id=”hoge”></A>

の組み合わせで、「hogeへ」をクリックするとアンカーポイントに飛ぶ、というものだった。

それが、TABLEレイアウトをやめてCSSでレイアウトするようにした途端、あるリンクは有効(ちゃんと飛ぶ)で、あるリンクは無効(飛ばない)という現象が発生。

で、Googleで「ie ページ内リンク 飛ばない」で検索して調べて見ると、アンカーポイントの直前に<br>タグを記述すると飛ぶようになるらしい・・・という訳で、そうしてみた(<a name=”hoge” id=”hoge”></a>の前に<br />を記述)。

ところが、それでも問題が解決しなかった。あるリンクは正常に機能し、あるリンクは機能しない(飛ばない)。

で、凄く困ったのだけれど、ふと、<A name=”hoge” id=”hoge”></A>を止めてみたらどうなるか試してみた。CSSレイアウトなので<div classs=”xxx”>が沢山あった訳だが、その<div classs=”xxx”>にidを書き足して、<div classs=”xxx” id=”hoge”>と記述して、<A name=”hoge” id=”hoge”></A>は削除してみた。

すると、ページ内リンクが正常に機能するようになった。
IE9で確認。

折角TABLEレイアウトを卒業するのだから、アンカーポイントを使うのではなく、<div>タグにidを記述するようにすればいいらしい、という結論に達した。

今日はこれで数時間苦しんだ。
今日、折角指圧に行ったのに、また酷い肩こりになってしまった。

最近写真を撮っていない


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今日、ある出張先へ行って来た。そこは下請けで入っているのであくまでも場所は秘密ということになるが、海の近くだ。海と言えば、私は写真学校の卒展に、海で撮った砂の写真を出した。あれは1998年頃のことだから、もうあれから15年になる。今日、海の匂いをかいで、そのことを思い出した。

15年経って、職業的な場面で使用される写真は、銀塩からデジタルに完全に移行した、と言ってよいだろう。
職業的でなくても、私はもう銀塩のカメラを持っていない。道具に執着しないタイプというか、使わなくなったカメラは中古屋かオークションに出して換金してしまう。今持っているのは、オリンパスのE-5とE-PL5。

撮影料金を取るような写真はもう(私は)原則としてお断りしているのだけれど、稀に、どうしても「素人では手に負いかねる」写真が必要で、かつプロカメラマンを呼ぼうにもそこまでお金は掛けられないし急なのでスケジュールを組む時間もない、という時に、私の出番があって、つい最近では、近所にオープンした「しあわせ中華そば食堂にこり」の夜景の外観写真とか、まあ、その程度ではあるけれど、この界隈では私以外に撮れそうな人がいない写真というのが、稀にある、そういう時にE-5を使う。以前はガキ大将ラーメン湯河原店のメニューブックの写真(ラーメンとかおつまみとか)なんかも撮っていたのだけれど、にこりはメニューに写真を使わない方針になったので、私の出番はなくなった(ただし写真なしのメニューを制作しているのも私なので、そういう意味では出番は全然ある。撮影の出番がなくなったということ)。外観写真は、夜景と、あと昼間も青空バックで撮ったのだけれど、辛うじてそのくらいで、仕事で撮った写真は久しぶり。
他にE-5があって良かったなと思うのは、オークション。オークションの写真もやっぱり一眼レフ+マクロレンズでないと撮りづらい。メイプルリーフ1/4オンスの損きりをした時には、やっぱり一眼レフでちゃんと撮った写真が出せて良かったなと思ったけれど、実は買ったときより2万近い差損を出しての売却で、カメラの購入費用の回収どころか、逆に支出が拡大しただけだった訳です。なんちゅうか。あほくさ。

E-PL5は、主に朔ぴょんとひな。それと、この豆日記に載せるアイスとか撮っているけれど、それって「写真を撮っています」というほどのものでもないような。E-PL5は、とりあえず便利。多分他の人が携帯電話で撮るような写真を、私はこれで撮っているのだと思う。朔は本当に可愛い。朔は、可愛いよ、可愛いよと話しかけながら撮ると、ふふーん、そうでしょう。もっと褒めなさい。という顔をする、ような気がする。でもたまにしか撮らない。撮っていない。

去年など、朝の散歩で写真を撮っていた時期もあったけれど、最近は散歩にも出ていないので、そういう写真も撮らなくなった。

写真学校に通っていた頃には、1年で400本くらいフィルムを消費していた。
あれは撮り過ぎだった。断言する。撮り過ぎという事態はありうる。どういうことかというと、「撮っただけで、撮った写真をよく見ていなかった」。つまり、「見る時間を削ってまで撮る」というのが、撮り過ぎという状態だ。これもまた、馬鹿馬鹿しい行動であったなと思う。

しかし、今、私、写真を撮らなくなったなあ。昔は出張の時にはカバンにカメラを忍ばせて、なんだかんだと撮っていたような気がするのだけれど。

年を取ったせいもあるかもしれない。左のもみあげに白髪が随分増えた。
明日は、明珠堂に指圧の予約を入れた。ついでに、その近くの美容院で髪も切ってこようかなあと思い始めている。

暑中見舞いを出した


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今日7月6日、関東地方で梅雨が明けた。
宛先の大半が関東なので、今日、暑中見舞いを慌てて出した。
別に慌てる必要はないのだけれど、梅雨が明けたらすぐに暑中見舞いを出すことを美徳としているので。

湯河原のゆるキャラ「ゆたぽんファイブ」グッズストアオープン!


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

湯河原のゆるキャラ「ゆたぽんファイブ」のグッズ4種類を販売するオンラインストアを作ってみた。
スマートフォン対応のショッピングカートを色々探していて、stores.jpというサービスを見つけて、費用対効果(無料コースもある。有料コースは機能が増える)これが割とよいかな?と思ったので、早速試用して見た。
https://iijiman.stores.jp/#!/
ちゃんと買い物も出来ますので、もしよろしかったら、何か買ってやってください。

損失


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今月は損失が出る。数万円くらい。金額的に見ると、このくらいの損失というのは、意外に少なくない。

1990年代。ポケットに入るPCを買った。ソフトとセットで10万円くらい。それが、開封して使ってみて困った。キーがあまりにも小さ過ぎてスムーズに文字入力が出来ない。親指でぽちぽちやらなきゃならない。これは「文体が変わってしまう」。今思うと私の文体なんぞ変わったところでその後何の賞に入った訳でもなく、どうでもいいことだったのだが、その時には危機感を覚えた。それで、すぐに中古で売却して5万くらいの差損を出した。あれは痛かった。

20万のノートパソコンを、駅のホームで落っことして画面を割ったこともあった。同じ商品が秋葉原で、型落ちで安くなっていたのでそれを買ったが、型落ちとはいえ6万円。6万円あったらどれだけ美味しいコーヒーが飲めるか・・・とかいう計算をする人はパソコンを持ち歩くべきではないのだろう。
パソコンを落としたのは1回ではない。その後もう一度落とした。その時には代替品が値上がりしていて、8万4千円も払った。
合計14万。泣きたくなる。泣いた。

あとは、そもそも公務員を辞職した段階で、生涯所得が激減していると思う。しかし、生涯所得と簡単に言うが、もし辞めずに、35歳くらいで自殺していたら、それでも今より生涯所得は高かったかもしれないが(ていうか今がどれだけ低いか)、死んでしまっては何にもならない。

あとは2001年、ライカM6を落下して修理代に8万かかった。それを中古で売却するという発想は、当時はなかった。それ以前にライカそのものが私にとっては、今思うと莫大な回り道で、それだけ払うならデジタルカメラを買うべきだった。当時円高でライカの価格は低下していたが、それでも購入価格と修理代を会わせると40万くらいどぶに捨てた。今は全部売ってしまった。レンズは意外と高く売れて、それでも15万くらいだっただろうか。差損25万。

今、収入が凄く少ないので、損失も額が限られている。
それでも損失を出し続けている私は、つくづく、お金の使い方が下手なんだなあと思う。

3人で楽しく過ごす夢


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今朝は早起きした。

江ノ島に出張する案件があって、それが、「現地に行ってみないと分からない」要素を含む案件で、果たして作業がいつ終わるか、下手をすると今日中に終わらないんじゃないかと思われた仕事だった。その依頼が来た時から憂鬱だったが、憂鬱のピークの中で、仕事に行って来た。そうしたら予想外に問題は早く解決して、昼前に湯河原に戻って来ることが出来た。

今朝の東海道線は、国府津で停電があったとかで、早川あたりから徐々に遅れが出て、藤沢に30分くらい延着した。だが今朝遅れが出ていたのは東海道線だけではなかった。最近の東海道線は、車内に、他の各路線の支障状況がLEDの文字盤で表示されるが、それによると、中央・総武線で車両点検で遅れ、東海道線の遅れの影響で湘南新宿ラインも遅れ。東京メトロの丸ノ内線が、池袋ー茗荷谷間の「システム障害のため」遅れ。鉄道の「システム障害」って何だ?と思ったが、今時の首都圏の鉄道はコンピュータで管理されているから、そういった関係のトラブルがあったのかもしれない。しかしよく分からなかったのが京浜急行で、黄金町駅で「車内トラブルのため」遅れているという。車内トラブルって何だ?喧嘩でもあったか?急病人か?ともかく、今朝は首都圏のあちこちで、憂鬱な朝の通勤時間が流れていた。

そういう訳で、今朝は、元々予定されていた自分の仕事と、東海道線の遅れと、二重の意味で憂鬱だったのだけれど、今朝起きた時、ひなが私に話したことが心に残っていて、それについてぼんやりと考えながら電車の中での時間を過ごしていた。それは、「豆(私)と朔ちゃんと私と、3人で楽しく過ごす夢を見た」ということだった。

最近、私は機嫌が悪い。私もいよいよこの歳になって、もう夢がなくなってきたなあ、と思うようになってきた。小説は去年から湯河原文学賞、電撃大賞、北日本文学賞と連続でスカした上に、今回またもやGA文庫大賞でスカしたばかりか「評価D」を貰って思い切り凹んだ。写真家として有名になる線も、もうないだろう。アサヒカメラ.netに2回入選したことがあった程度で、それも、選者の方が替わられてからは私のようなストレート過ぎる写真はあまり受けないのか(それを責めている訳ではありません)、コンテスト荒らしにさえなれない有様だ。ベンチャーで一山当てる可能性はゼロに等しい。大金を掴む大商いは、私には無関係だろう。宝くじとかギャンブルとかそういうのは、当たらないに決まっているということを20代の頃に痛感しているので、もうやらない。もう何と言うか、私には夢もへったくれもなく、しょぼくれて歳を取って行くことだけしか出来ないんじゃないか、と。

しかし、それは違うんじゃないかと。ひなの今朝の夢の話で、そう思い始めた。

私にとっても、「ひな、朔ちゃん、私と、3人で楽しく過ごす」ことが出来れば、それが一番楽しいじゃないか、それが一番幸せじゃないか、と。下手に有名人になどになったら、むしろそれから遠のいてしまうかもしれないじゃないか、と。なら、今のままでいいじゃないか。いや、今のままどころか、もう商売など廃業してしまって、生活保護を受けて暮らしてもいいくらいだ、と。(私の個人芸で受けている仕事があったりするので、実際には廃業はそう簡単には出来ないのだけれど。)無理して大きな仕事をしたりせず、ひなと朔と私と、3人で珈琲を飲む時間などをなるべく作るとか、そういう過ごし方の方が重要なんじゃないかと。

例年、朔は春になると私の布団に入ってこなくなる。蒸し暑くなるのだろう。4月になると、布団の上に乗っかって寝る。でも今年は、割と暖かくなってからも布団に入ってくる。朔も歳を取って甘えっ子さん度が高まっているのかもしれない。

今日も朔が布団に入って来るといいなと思う。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年、読んだ


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

実は、この本は買わないつもりでいた。文庫が出てからでいいかと。
なぜ買ったかというと、楽天の期間限定ポイントが1000ポイント以上余っていて、他に買いたいものもなかったからだ。贅沢な悩みだ。

この本を1行に要約してみる。
「五人のありようと、日本」。
そういう言い方しちゃ身もふたもないな。

三階でお相撲さんと押し合いをする夢


カテゴリー: YouTubeテキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

数日前に見た夢。

私は高校の修学旅行に来ているのだが、同級生の中に一人、きゃりーぱみゅぱみゅの「ふりそでーしょん」のPVの、最初の一瞬と、途中から最後の方に出て来る、タバコを吸うばっちいライオンオヤジみたいな怪物が居て、そいつはなぜか海辺に突き出した堤防で釣り糸を垂れながらタバコを吸っていた。

(参考↓ふりそでーしょん)

もともとキモイ奴でそいつが嫌いだった私は、先生を呼ぼうとする。「先生!あいつタバコ吸ってます!停学ぶちかましてやってください!」しかし先生がいない。そしてなぜかイチローによく似た同級生がそいつに注意をするのだが、何か酷く侮辱されたらしくて「俺は37歳にして初めてこれほどの屈辱を受けた」と怒りながら帰って来た。(おいおい高校の修学旅行にどうして37歳の同級生がいるんだ?って話はおいといて)
で、とにかくそのキモイ奴からは、粉末のようなフケのようなホコリのようなものがぶわぶわ発散されていて、そいつがいよいよ私に近づいてきそうになったので、もう逃げるしかないと思った私はエレベーターのボタンを押す(そこはいつの間にかホテルのようなところになっていた。)
エレベーターはすぐに扉が開いたが、凄く狭いエレベーターで1人しか乗れない。後ろに「あたしたちの方が先に待っていた」と主張するおばさん2名が居たが無視してエレベーターの「閉」ボタンを押して、最上階・・・といってもそこはたったの3階建てなので、3階のボタンを押した。やがてエレベーターが発進して3階に到着するが、そこは螺旋形の滑り台の頂上になっていた。これは一体何のためのエレベーターなのだ?と私は疑問に思うが、それより何より、その滑り台の上にはお相撲さんが3人もいて、ぎゅうぎゅうになって押し合いへしあいをして、私はあっという間に押し出されて滑り台を滑って1階に戻ってしまう。お相撲さんのうち1人は確かに横綱白鵬だったが、私自身白鵬に恨みはない。
それでそれで、1階にもどってしまったら「またあのキモイ怪物がやって来るではないか!」ということで、私は慌てて1階の食堂のようなところに飛び込んで、そこから従業員用の通路を通って・・・

なんかそのあとよく分からない路地のようなところを逃げ回っていたような気がするのだけれど、何しろ数日前の夢なので、続きを忘れてしまった。

最近に始まったことではないが、訳の分からない夢をよく見る。

京都でバチが当たる夢


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

夢の中で、そこは京都だった。

京都の込み入った路地を曲がって行くと、裏手からその不動産屋に入った。そこは不動産屋なのだが、和風建築の3階建てで、1階には2つのカフェが入居していた。
不動産屋は「神田」という名前の不動産屋で、その中にカフェがあるなんて「凄いじゃん、神田珈琲園みたいじゃん」と驚いた。
カフェのうち、通りに面した1件はオープンスタイルで、明るい感じだった。
その隣にあるのは、細長いカウンターだけのカフェで、いかにも美味しそうな珈琲を出しそうな雰囲気のある、白熱電球に照らし出されたカフェだった。
(私は時々、「とても美味しい珈琲を出すカフェ」の夢を見る。)

不動産屋には三階があり、そこは何か不思議な宗教施設になっているとのことだった。そこで、一緒にいたひなと、ひなの友人のりえさんが、突然階段を駆け上って3階に向かって行った。私も後を追いかけて行った。
ひなとりえさんは、3階の屋根裏にある太い鴨居からぶら下がっている数本の紐を見つけて、それにぶら下がって、ぶらんぶらんと、ぶらんこのように遊び始めた。すると、バーンという大音響がしてブランコが樽のようなものにぶつかり、3階から樽が落ちて行った。
そうしたら頭つるつるで袈裟を着たお坊さんがやってきて大いに怒っていた。そういうことをすると大変なバチがあたるということだった。
やがて巫女さん(ここはお寺?神社?よくわからない)がやってきて私たちを1階に案内し、すると1階にはいつの間にかおみくじ売り場のようになっていて、おみくじの箱に「七十日間ステーキを食べてはならない」「七十万日間さいころステーキを食べてはならない」「七ヶ月間焼き肉を食べてはならない」と書いてあった。どうやらそれが「バチ」らしかった。
だが、それだけでは済まなくて、その宗教施設が運営している、病気の人を助ける施設のようなところで、ひなとりえさんは働かなくてはならないという。
そんな無茶苦茶な、と、私はひなを助け出そうとするが、人並みがわらわらと涌き出して来て、私は不動産屋(宗教施設?)の外に押し出されてしまう。
するとそこでは京都の祇園祭をやっていて、足の踏み場もないほど通りが混んでいて(そういえば祇園祭の山鉾はなかったが、なぜかそれは祇園祭ということになっていたのだ)、私はその上をクロールで泳ぐように空を飛びながら浮かんでいるのだが、どんどん不動産屋から遠くに押し流されてしまう。
やがて気がつくと私は阪急嵐山駅の近くまで来てしまっていて(そもそも祇園祭は嵐山ではやらない)、そういえば阪急嵐山線には710系が走っているななどと思いながら(今は6300系でしょう!いつの話だ!)、何とかしてひなを助けに戻ろうとするのだが、こんどは人並みに加えて近所の川が氾濫しはじめて、ますます私は押し流されてしまう。私は通りの家々の軒を掴みながら、空中を泳ぎつつ、なんとかして不動産屋を目指そうとする。すると右の横腹に激痛が走り、よく見るとブリキ板をネジ止めした横腹がはがれそうになっていて、これは母屋で飼っている猫の「くま」が悪いことをしているのだと、私は察知する・・・

・・・というところで目が覚めた。
薬を変えたせいか、支離滅裂な夢をみることが多い。

「五條みいみい」から「みいみい北」まで2キロの渋滞


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

最近体調が悪い。
薬を変えたのだが、もしかしたら強すぎるのかもしれない。
変な夢を見る。
金縛りのような、しびれのような夢。
あと、昨日は「ラジオの交通情報の夢」というのを見た。
それによれば、「みいみいインターナショナルリゾート」というところが凄く人気で、

下り線は「五條みいみい」から「みいみい北インター」まで2キロの渋滞
上り線は「みいみい南インター」から「中央みいみい」まで4キロの渋滞

何だ、上下線とも混んでんじゃん、という夢だった。
ラジオの交通情報だから、映像はない。映像のない夢というのがあるのかと問われそうだが、実際、そうだったのだ。

このところ思うことは、もうこの歳になって有名人になってブレイクすることもないだろうし、ただの大金持ちになることもないだろうということだ。
それでもひな朔が居ることで充分幸せに思うし、これでいいのだろう。

最近、体調が悪い。

湯河原に路面電車を-その2


カテゴリー: テキスト日記鉄道 | 投稿日: | 投稿者:

一つ前の記事に「湯河原に路面電車を」というネタを書いた。儲ける意思ゼロの、「駅前50階段から、らぁ麺屋飯田商店前」までの800m、というプランだ(プランと言えるのだろうか?)。
その経路設定の理由に「駅前に乗り入れると、ホテル城山の前の急勾配が登れなくなる」ということがあった。

で、ふと、では「鉄道で世界一急な勾配は、どのくらいか?」ということを考えてみた。

日本国内では、路面電車ではかつて東武日光市内線に60‰(6%)という勾配があった。100m進むと6m登る。路面電車でなければ、廃止になったJR信越本線の碓井峠が66.7‰。
でも66.7‰というのは碓井峠だけの特権ではない。実はもう一箇所、かつて京阪京津線にも66.7‰があり、ここを路面電車規格の車両が走っていた。
日本の鉄道における最急勾配は大井川鉄道井川線の90‰だが、ここはアプト式になっている。線路の間に櫛形の「ラックレール」を設置し、車両側の歯車を噛み合わせて走るというもので、急勾配に強い。ただ、大井川鉄道の90‰というのは、どうしてもアプト式でなければ越えられなかった訳ではないという話を、どこかで聞いた。
第二位は箱根登山鉄道の80‰で、これはアプト式ではない。道路標識の感覚で表現すると「8%の勾配」ということになって、まあ、道路には10%とかよくある訳ですけれど、まあ、かなりの急坂ではある。逆に言えば、鉄のレールと鉄の車輪といういかにも滑りやすい素材でありながら、8%までは何とか越えられるということだろう。

で、世界一。世界一の急勾配、それも、アプト式やケーブルカーではない、普通鉄道の最急勾配は、どこの、何‰なのか?教えて!Google先生・・・という訳で、ちょっと検索してみた。
そうしたら、何と、ポルトガルのリスボンに「135‰」、13.5%という、とてつもない急勾配の、しかも「路面電車」が走っているという。
http://his-germany.de/jp/euro_eisenbahn38.htm

写真を見た感じでは、これならホテル城山の前の坂も、何とか「ラックレールなし」で登れそうではないか?

そこで、前の記事に書いた「あまりにも誰も乗りそうにない」路線をちょっと改めて、次のような路線を考えてみた。

「エスポット前→ヤオハン前→ガキ大将前→ホテル城山前→湯河原駅改札前→小田原百貨店前→味の大西前→五所神社前→小学校前→ニューウェルシティ前→落合橋」というルートはどうだろう?

飯島意匠の前を通らなくなるのは残念だし、いくつか急カーブが出来そうなので、場合に寄ってはカーブの道幅を広げるために立ち退きなども必要になるかもしれない。
でも、そこそこお客さんに乗ってもらって年間5000万円くらいの赤字に抑えられれば、神奈川県とか湯河原町とかから、少しは補助金も引き出せるのではないだろうか?ホテル城山前の勾配が何‰あるのかわからないけれど、少なくとも路面電車部門では「日本再急勾配」は狙えそうな気がするし、このルートなら観光需要もある程度見込める。何より「路面電車のある温泉」っていいじゃないですか!

あー、100億円くらい、ちゅるっと誰か寄付してくれないかなあ・・・

湯河原に路面電車を


カテゴリー: テキスト日記鉄道 | 投稿日: | 投稿者:

ああ、お金があったらなあ、と思うことがある。
具体的には、100億円くらい。

路面電車(最新のLRT)は、1kmあたり10から20億円くらいで建設出来るという。
駅前の50階段の下から、うちの前を通って「らぁ麺屋飯田商店前」まで。それじゃ0.8kmか。
道幅は普通乗用車が何とかすれ違えるくらい。だから路面電車は、小型乗用車の幅1.7mより狭い1676mm。これは昭和46年に廃止になった福島交通飯坂東線と同じ幅で、かなり狭い。LRT版馬面電車を作る。LRTだと単車では定員が極度に少なくなるな、連接車にするほかなかろう。
軌間も福島交通と同じ1067mm。762mmとかにしてしまうと今の電車の設計がほとんど流用できず、苦労しそうだから、JRと同じこの寸法にしておいたほうが部品の調達とかの上でも多少なりとも便利だろうと。軌間は広い方が安定するし。
本当は駅前に乗り入れたい。だが、ホテル城山の前の坂が急なので、鉄道は上れない可能性が高いと見た。県道は交通量多いし、路面じゃラックレール敷くわけにもいかない。サンフランシスコみたいなケーブルカーだと、巻き上げ機をどこに設置するんだって話になる。ATS付のケーブルカー用信号とか新規に開発しなきゃならないからお金もかかるだろう。
あと、終点も本当はエスポット前まで延長したい。しかし、途中から道幅が極度に狭くなるのと、交通量の多い真鶴道路に線路を敷かなきゃならないのがネックで難しそう。
駅の方は、50階段下から胃腸病院付近を通って明店街の商店街まで延ばすのもいいかもしれないが、終点で数軒、立ち退いて貰わないと折り返し駅がつくれなさげ。もめそう。面倒。

ともあれ、線路は最短で8億円くらいで作れそうなので、あとは、預金して金利で赤字を埋める。もうかる訳ないからな、そんな短距離路線。もうけようという発想は正直言って、ない。「うちの前に『馬面電車』を走らせたい」だけだから。

100億円くらい、ちゅるっと手に入らないかなあ・・・

なぜ鉄道に人気が出て来たのか


カテゴリー: テキスト日記鉄道 | 投稿日: | 投稿者:

今日は予定していた用事が思いのほか簡単に済んでしまったので、朔ぴょんとごろごろしたりしている。

で、どうでもいいようなことをあれこれ考えてしまったりする訳だけれど、そのひとつに「なぜここ数年になって急に、鉄道に人気が集まり始めたのか」ということについてです。

JR東日本の鉄道博物館がオープンしたのが、2007年。元祖鉄道アイドル豊岡真澄が「鉄道アイドルとして」ブレイクした(と言えるのかどうかよくわからないけれど)のが、やはり同じ頃。
で、時期的なネタを探して見ると、ちょうどその頃アメリカでサブプライムローン危機が起きていて、全世界で数兆ドル(数百兆円)が消えたと言われている。日本は「失われた20年」の終わり頃(まだ終わってないって話もあるかもしれませんが)。

で、話を短絡させてしまうと伊勢中川を経由しない訳です、とか意味不明なことを考えながら、結局のところ「それまでのごく限られた期間について、車に人気がありすぎた」というのが、一つ、あるのではないかな、と。

理屈はよく分からないけれど、日本人の(というか人類の)半分弱を占める男の子というのは、メカニックなものに興味を持つケースが多い訳ですが、一般市民が私有出来る最大のメカといったら、やっぱり車でしょう。あと、それは同時に一種のステイタスみたいなところもあって、いい車に乗ってる奴がモテる訳ですよ。間接的に、女の子も「男の子の車好き」に拍車を掛けていたのかもしれない。
私はバブル絶頂期に就職した(←結局辞めたけど)ので覚えているけれど、その頃、男の人は「就職したらローン組んで車を買うのは普通」なことでした。
それが、バブルが弾けて就職氷河期を経て、ITバブルとかちょこっとあったけれど非正規雇用の増加とかもあって、早い話、若い人が貧乏になった。いや、日本人が日本に住んでて貧乏とか言ったら、アフリカとかどうなるのさって突っ込み受けそうで怖いけど、まあ、日本人各個人的には十分貧乏になったと思っている人が多いし、実際、お金で苦労している訳です。
しかしですね、綺麗に舗装された国道が全国津々浦々まで通っていて1000円札1〜2枚あればたいていの場所に荷物を送れるとか、冷えたビールが24時間買えるコンビニとか、鉄道なんかワンコインで隣町まで行ける清潔で綺麗な電車が結構広く普及しているし、あ、そうか、個人は貧乏になっても社会は意外に持ちこたえていて新幹線なんか昔より充実してるよな、それも一因か?、そういうインフラ(コンビニはインフラか?という突っ込みがありそうだけれど)ってある種の「共有財産」で、そういうのはかなり充実している訳で、何を持って「貧乏」と定義するかによっては全然貧乏じゃないじゃないかという話も(世界的には)有りだとは思うのだけれども、ともかく、高度成長期からバブルの頃までのごく限られた期間、日本の男の子のかなり多くは「借金してまでも車が大好き」だったと思うんですよ、でも、それが買えなくなってしまったという人が増えた。
で、その人達が少子化少子化と言われつつも少しは子供も生んだりしている訳ですけれど、子供達はもう「車のない生活」が当たり前になってしまって、でも男の子って移動系のメカはやっぱり好きで、するとどうしても興味が、縁の遠い世界にある「車」より、身近だし実際乗りもする「鉄道」に移行してしまうのは、ある意味で自然な流れだったのかな、とか思ったり。ここで言う子供っていうのは、大人の中に残っている子供の心みたいなものまで持ち出しはじめると、なんかややこしくなりそうですけど。子供関係ないじゃんみたいな。
宮脇俊三の本とか読んでいたら、戦前の男の子で「特急燕」に乗った同級生から「後光が射しているように見えた」みたいな話が、どこかにあったと思う(記憶が曖昧ですみません)。男の子って、やっぱりそういう「素質」みたいなものを持っている人が多いんだろうな、と。
じゃあ最近女性の鉄道ファンが増えているのはどう説明するのか、と問われると、サブプライム危機もリーマンショックも日本のバブル崩壊も関係無さげに見える訳で、結局よくわかんないのですけれど、単純に「社会的地位、経済力、などなどあれやこれやについて、男性と女性の差が多少なりとも少なくなった」というか、女も男も、日本人個人は貧乏になったけれど鉄道という公共財産はかなり頑張って充実していると、そういうことなのかなあとか思ったりする訳ですけど、やっぱりわかりません。

とりとめもない話ですみません。

パナソニック石油ファンヒーター用スポイトがAmazonにあった(訂正:互換品楽天にあり)


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:


うちは毎年、5月の連休に、石油ファンヒーターのメンテナンスと収納を行う。
その際、どうしても必要になるのが「専用スポイト」で、これがないとファンヒーター内に残った灯油を排出することが出来ない。
そのスポイトが、10年目にしてついにこの春、穴が開いてしまった。ファンヒーターは毎年のメンテナンスの効果で正常に動作するのだが、スポイトがダメになった。
だからといってファンヒーターごと買い替えるのもどうかということで、楽天を検索してみたがなかった。
それで、何か手がかりのようなものはないかとGoogleで検索してみたら、何と、Amazonにヒットした。Amazonで、その「スポイトだけ」を売っているではないか!しかもたったの315円「送料無料」。
これで来年春のメンテナンスは安心だ。

※以上は2012年11月7日に書いた。
今、Amazonでは品切れのようである。
ただ、パナソニック純正ではないが、石油ファンヒーター用のスポイトが楽天にたくさん出ている。
そちらの方を紹介しておくことにする。

ダイニチ工業スポイト 3590200 [3590200]

ダイニチ工業スポイト 3590200 [3590200]
価格:160円(税5%込、送料別)

朝ラッシュの電車が満員で乗れない夢


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

今朝、また訳のわからない夢を見た。

私はサラリーマンで、通勤に電車を使っていた(注:実際、20年前はサラリーマンで、ラッシュの都心を通過していました)。上野駅で常磐線を降りて、地上ホームから日比谷線に乗り換えようとしたら(注:日比谷線は上野駅の地上ホームには乗り入れていない。地下。)、日比谷線のホームが異常に空いている。それでおかしいなあと思っていたら、そのホームは「到着する電車が入るところ」だった。つまり、そこからは乗れないのだ。で、乗車用ホームに行ってみたらもの凄い混雑で、階段からは切れ目なくスーツ姿のサラリーマンが出て来て、大混雑をしているのだ。発車を待つ電車は全て、隙間がないくらい満杯で、もはや体を入れることが出来ない。次の電車も、その次の電車も満杯で乗れない。そうだこういう時には迂回すればいいんだ、と思って、銀座線の地上ホーム(注:銀座線も上野駅乗り入れているが、実際には地下である)、に行って見ると、ここも満杯で、これはダメだと思った。そうだ、半蔵門線に乗ろう、半蔵門線なら空いているはずだ!とひらめいた私は(注:実際の上野駅に半蔵門線は乗り入れていない)、常磐線と立体交差している半蔵門線ホームに向かうが(注:実際にはそんな箇所は存在しない)、半蔵門線がこれまた日比谷線を超える満員ぶりで、スーツが破けて血だらけになっているサラリーマンがふらふらしていた。この人達これから会社に行けるのだろうか?と思いつつも、私はついにここで乗り換えを断念して、常磐線のホームに戻ってみる、すると何と、常磐線ホームも満員になっていて、折り返しで空いていると思っていた電車までが満杯になっているではないか!車両はなぜか「千代田線カラーの」103系1000番台で(注:千代田線カラーの103系1000番台が上野駅に乗り入れた期間は、なくはないがごく短く、私は乗ったことがない)、窓にサラリーマンが押し付けられて顔がゆがむほどの混雑だった。それでも私は無理に乗り込もうとすると、私は大けがをしてボロボロになって駅員さんに担架で運ばれて行く・・・

この夢にどういう意味があるのかについては、全く分からない。

デンキニンゲン


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

 体調が悪くて午前中起きられなかった。
 そして、訳の分からないな夢を見た。
 以下、あくまで「夢を見た」話であって、実在のそれらとは全く関係ありません。

 私は抗鬱剤アナフラニールの副作用でビリビリ痺れて(注:アナフラニールは実在の薬ですが、ビリビリ痺れるという副作用はありません)、この状態をなんとかしたいと思って、主治医のところに行って見たが、主治医も原因がわからず、解決しない。それで、別の「コンサルタント」の所に行くと、母が私を生んだ産婦人科の病院に行ってみる必要があるという。
 それは茨城県牛久市にある。
 ところが、そこに行くと、なぜか余計に全身がビリビリと痺れて、何者かが妨害活動をしていることに気がつく。
 そして、その何者かというのは、実は富山県に本拠を置く「ビックグループ」らしいということが判明する(注:実在の「ビックカメラ」とは関係ありません。全然ありません)。それで、私は「デンキニンゲン」という存在に変身して、中学時代の同級生A、W、O、Tとともに5人組を結成して(注:ここに登場する私以外の4人はいずれも頭がいい。それだけは事実)、富山の「ビックグループ」の本拠に飛んで行く(みんなデンキニンゲンなので空を飛べる)。すると富山には、なぜか病院が異常に多いということに気がつく(注:現実の富山県はそんなことはありません)。それは「ビックグループ」の親玉が富山医療界を牛耳っていて、「ビックグループ」にお金を払うと簡単に病院が作れるからだということが、なぜか分かってしまう。富山の中心街に飛んで行くと、そこには「ビックグループ」の経営する日帰り温泉とか家電量販店「ビックカメラ」(注:現実のビックカメラにはそのような親玉団体などはありませんし、富山が本拠でもありません)も沢山あって、私たちは「なんちゅう街なんだ」と呆れてしまう。この街では「ビックグループ」が全てで、「ビックグループ」に逆らっては生きて行けないのだ。(注:この時点で「アナフラニール」の話はどこかに飛んで行ってしまっている)ビックグループはとにかく悪い奴らなので、私たちは「ビックグループの総帥を退治しなければならない」という意見で一致する。しかし、ビックグループの総帥はもう高齢で、ほっといってもそのうち死ぬだろう、問題はその後だ、ということに気づく。総帥が死んだ後、総帥直属の部下が100人居て、その100人全員がまた「悪の親玉」になるだろう、ということだった。「そんな、100人も退治するなんて無理や」と関西弁で同意した私たちは、なぜか青森に行くことにする。
それで、日本海沿岸の鉄道線沿いにビビビビビっと空を飛んで行こうとするのだが、後ろから「急に列車が近づく警報」が聞こえて来た。最初は気にしなかったが、私が「これはおかしい!」と叫ぶ。ここは列車が少ないはず。そんな急に列車が来るなんておかしい!それで私たちは、線路横の溝のようなところに降りて体を隠す。やがて謎の列車がやってきて、すると、ビリビリビリ!ともの凄い高電圧が流れて私たちは苦しむ。もがいたり仰向けになったりして苦しむ。列車は「ビックグループ」が送り込んで来た、私たちを殺すための特別列車で、50両編成だった(なぜ50両と分かったのかは謎)。やがて列車が去って、私たちは溝から出て来て、再び鉄道線沿いに北上を続ける。私たちは時速300キロで北上するので、やがてさきほどの特別列車の尻尾が見えて来る。やっぱりあの列車はおかしかった。タンク車のような貨車を繋いだ編成なのだが、一番後ろから太い電線が下がっていて、ビリビリと高圧電流を地中に流していたのだった。
私たちはもうすぐ青森に着くところまで来ていたが、これは青森もヤバそうだということで、東京に帰ることにする。空を飛んでいるのだから直線コースで帰れば早そうなものだが、実は、私たちはあまり高く飛ぶことが出来ず、また鉄道線沿いに飛ぶことにするのだが、最初、田沢湖線(秋田新幹線)沿いに飛ぼうとするが、田沢湖は有名だからまた「ビックグループ」が待ち受けているかもしれない(注:意味不明)、という訳で、北上線沿いに飛ぶことにする。しかし、後ろから再び「ビックグループ」が追いかけて来る。今度は彼らも空を飛んでいるらしく、私たちが北上山地の森の中に逃げ込むと、森ごと高圧電流で焼き討ちにしようとする。私たちはしかし、空を飛ぶだけでなく、地下をも時速300kmで突き抜ける能力を持っていたので、地上に突っ込み、そのまま北上山地の地下を突っ走って行く(注:最初からそうしろよ)。相変わらず「ビックグループ」からの攻撃は執拗に続いており、後ろから高圧電流を流されてビリビリするのだが、地中で地下水の水脈に突き当たり、私たちは全身を冷して助かる。
そのまま私たちは地中を時速300kmで東京を目指し、ずぼっと出て来たところが東京の池袋で、池袋で「ビックグループ」が経営する日帰り温泉の浴槽の中に私たちは現れたのだった。(注:だからといって「しずかちゃんの入浴シーン」などは出てこない)。はははビックグループざまあみろなどと毒づきながら私たちは池袋の街に出る。(注:ところが、この「池袋」の風景がなぜか「秋葉原」にそっくりだった)。
私たちはとりあえずどこかで、今後の方針について話し合おうということになり、池袋の大きな川で体を冷しながら相談することにする、が、ふと見上げるとそこには「ビックカメラ」があった。そうだ!池袋といえばビックカメラの本拠地ではないか!(注:これだけは事実だが、じゃあ富山の話はどうなったんだ?)で、私たちは慌てて、ビックカメラの裏手から、石丸電気の裏手に移動しようとするが、石丸電気の裏手の川は、なぜか、バレーボールをプレイする男達で混雑していた。そして、うろたえているうちにまた後ろからビリビリと高電圧攻撃。しまった!これはまた「ビックグループ」の罠だった!
私たちは急きょ、また地下を突き抜けて「千葉のマザー牧場」(注:マザー牧場自体は実在する施設)に行くことにする。そして地下にもぐるが、「ビックグループ」の執拗な追撃は、時速300kmでも振り切れない。しかし私たちには秘密の技があった。それは「IEEE1394モード」(注:IEEE1394という規格は実在するが、「デンキニンゲン」が「地中を移動する」ための規格な訳ない)に変身し、5人が連結したような状態になって地下をもの凄い速度で進みはじめる。そして「ずぼっ」と出て来たところは、何と、神戸の六甲山牧場だった(注:六甲山牧場自体は実在する施設)。私たちは「さすがIEEE1394モードは速いなあ」と関心しつつも、その進路の出鱈目さ加減に困惑してしまう。そして、なぜかその近くにある「有馬温泉」に行って見ると、何と、ここも「ビックグループ」が経営する温泉旅館が林立しているではないか!(注:意味不明)。
それで私たちは「再びIEEE1394モードでどこかに移動しよう」ということになり、私が「そうだ高知にしよう、土佐湾に逃げよう」と提案する。私たちは再び連結してIEEE1394モードで地下を突っ走り、ずぼっと土佐湾上空に飛び出すと、なぜか真鶴半島が見えた。

すみません、ここで目が覚めました。この夢の意味は、私にも全く分かりません。
あと、繰り返しますが、この話は富山県にもビックカメラにも関係ありません。あくまで「そういう夢を見た」という戯言です。

黒猫、みかん、ポイ子


カテゴリー: テキスト日記写真日記 | 投稿日: | 投稿者:

今朝は6時頃に散歩に出た。そのくらいの時間でないと暗くて不便な季節になった。

君は久しぶりだね。

黒猫(若猫)

黒猫(若猫)

みかんの実がなっていた。多分まだ酸っぱかろう。

みかん

みかん

アサガオって何月くらいまで咲いているものなのだろう?

アサガオ

アサガオ

尻尾が見えたので行ってみると、ポイ子だった。

ポイ子

ポイ子

今日はここまで近づけた。

ポイ子

ポイ子

小太りは、いいという説


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

三連休、ごろごろとしながらネットを見ていたら、こんな本を見つけた。

何でも、小太りがいい、らしい。

健康法というのは、もっともらしいものから怪しいものまで色々ありすぎて、私のような素人には、何がいいのかさっぱり分からない。とりあえず、極端な肥満や極端なダイエットが体に悪そうだということくらいまでは納得出来るけれど、小食で長生き、といったあたりになると、そうであるようにも思えるし、そうでないようにも思えるし、もう、訳がわからない。
今、私のBMIは25を少し超えていて、BMI的にはよろしくないということになりそうなのだが、散歩をしても、甘いものを我慢しても、どうにもこのあたりのラインから減らなくなってしまって、これはどうしたものかと思っているけれど、小太りがいい、とか言われると、そうであれば助かるのだけれど、と、思ってしまう。

実際のところ、どうなんだろう?健康法。

ボルトとジャマイカプライムウォッシュド


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

私は陸上競技には全く興味がなく、中継など見ることもほとんどないのだけれど、今日の男子200m予選は見てしまった。ボルトが見たくて。予選を通過しないとは思っていないし、通過するに決まっていると思っていても、勝った後の「ライトニングボルト」が見たくて。そうしたら、何と、走る前にやってくれた。「ライトニングボルト」。あの、両手で弓を引くようなポーズ。この人、ファンサービスする人だなあ、いい人だなあ。世界最速かつお茶目。
で、彼以外に「ジャマイカ」で知っているものが何かあるかというと、コーヒーだ。
ジャマイカのコーヒーと言えば、日本人なら「ブルーマウンテン」を挙げる人が多いと思う。いくら通貨高とはいえ、べらぼうに高い豆を喜んで買っているのは日本人だけだという話もある。ただ、私自身も思うのだけれど、ブルーマウンテンのほのかで繊細な風味は、日本人好みではあろうかとも思う。
しかし、ジャマイカで美味しいコーヒーといえば、ブルーマウンテンしかないのかというと、そうではない。ジャマイカのブルーマウンテン(山)の、標高800m〜300mの農園で作っている「プライムウォッシュド」も充分美味しい。青紫色を連想させる甘い香り。緩やかなコク。ほのかな甘み。よほど注意しなければブルーマウンテンと区別がつけられないくらい、よく似た味わいがある。価格は、神田珈琲園では約半額といったところ。

ボルトが200mでも優勝したら、久しぶりに「プライムウォッシュド」を買ってみようかな、などと思った。

http://www.kanda-coffee-en.com/osusume_back.php?y=2012&m=03

2012年8月1日現在,Facebookニュースフィードで非表示にしてしまった友達の「再表示」(復活,復旧)


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

Facebook(のニュースフィード)で「非表示」にした友達を、再度、表示する方法を調べてみた。
Googleでも「Facebook 友達 再表示」という検索候補が出て来るので、割と悩んでいる人は多いかもしれない。
その方法は、
1.左側の[ニュースフィード]ブックマークにマウスを合わせる。
2.ブックマークの左に小さな青い鉛筆のアイコンが表示されるので、それをクリックして[設定を編集]を選択する。(ただし画面の幅を極度に狭くしていると、ブックマークの右にアイコンが現れる)
3.再度表示したい人の右に表示されている[X]をクリックする。(Facebookのヘルプには「[アプリ]セクションまでスクロールして、再度表示する記事のアプリ名の横にある[X]をクリックします。」とあります。)
4.[保存]をックリックします。

Facebookはよく仕様が変わるようなので、とりあえずメモ・・・

Facebookで友達を再表示する方法

Facebookで非表示にしてしまった友達を再表示する方法

映画「けいおん」を借りて見た/エンドロールに「叡電」


カテゴリー: テキスト日記萌え | 投稿日: | 投稿者:

映画「けいおん」が2012年7月18日からレンタル開始(BD、DVD発売)になったので、借りた。今日、届いたので、早速見た。評判については、もう色々言われているので、今さら私がどうこういうこともなかろう。安心して観られる映画。楽しめた。
さて、エンドロールで「京阪」のロゴが出て来たので、あれ?と思った。
出てくるのは「叡電」で、「京阪電車」ではないのでは?
それで、エンドロールだけもう一度繰り返してみたところ、同じロゴで「叡電」と「京阪」の2社がクレジットされていた。
京阪は叡電の親会社、にしても、京阪が出て来る場面はなかったと思うのだけれど、まあ、見えないところで協力があったのだろう。

マイケル? ミッシェル? ミハエル? ミカエル? ミッチェル? ミヒャエル?


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

さがみ信用金庫という、神奈川県西部の信用金庫がある。
私はそこに総合口座を持っていて、電気代とか水道代の引き落としに使っている。
そのさがみ信用金庫が何かグッズを作る時・・・たとえばポケットティッシュとか、定期預金を作ってくれた人にあげる貯金箱とかメモ帳とか・・・に、「MICHAEL」という、カモメをデフォルメしたキャラクターが印刷されているのだけれど、最近、ふと、思った。この名前、何と読むのだろう?

マイケル?
ミッシェル?
ミハエル?
ミカエル?
ミッチェル?
ミヒャエル?

今日、その答えが分かった。
どうやら「マイケル」らしい。

「TRIbankオリジナルキャラクターのマイケルとその仲間たちに親しんでもらうため、」
http://www.shinkin.co.jp/miurafuj/tri/tri20/index.html

54000円の回数券を買う夢


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

嫌な夢を見た。

その時私は(夢の中で)全身がしびれていて、何か厚い雲のようなものにつつまれている感じだった。そこは神奈川県横浜出納事務所だった。(注:神奈川県横浜出納事務所というのは1990年頃に実在していた県庁の出先機関であり、私が最初に正社員として働いた場所であるが、現在は組織統廃合により存在しないし、私自身今は県職員ではない。)
で、仕事が終わって帰ろうということになって、そうしたら、なぜかエレベーターが節電のため「10階から1階までノンストップ」という設定になっていた。しかし私は厚い雲に覆われている上に全身がしびれているので、どうにもこうにも苦しかった。そして私はなぜか財布に現金7万円が入っているのを知っていた。(注:現実の私は財布に7万円も入れていることはまずない。高い買い物はクレジットカードを使うから。)7万円も持ち歩くのは危ないと思いつつ、この体の状態ではますます危険じゃないかと考えた私は、横浜銀行のATMにこの7万円を預けることを決心する。そして、横浜駅西口の壁面に設置されていた奇妙なATMに7万円を入れるのだが、全身がしびれていてしかも厚い雲に覆われているので、果たしてこれが本当にATMなのか、操作を間違ったりしていないかと心配になる。7万円を入れてよくわからない丸いボタンをあちこち押しているうちに「ご利用明細書」が出て来たのでそれを受け取った。ボタンをさらに連打すると何枚か紙が出て来た。
これでよしと思って、そのまま横浜駅の雑踏(まだ東横線が地上を走っていた頃のイメージで、人の流れがメチャクチャで歩きにくかった頃の感覚)を歩きながら明細書をよく見ると、それはATMの利用明細書ではなく、横浜市バスの回数券の領収書で「54000円」と書いてあった。あとから出て来た紙は「1700円」の回数券の領収書だった。ところが私は回数券本体を持っていない。これでは払い戻しも出来ないではないか!これはヤバいということで自動販売機のところに戻ろうとするのだが、体が厚い雲に覆われていて自由に動けない・・・というところで目が覚めた。

全身が痺れて厚い雲に覆われる夢は、時々見るのだけれど、すごく嫌だ。

最近写真を撮っていない


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

最近、写真を撮っていない。
去年、Pen3とE-5という(ある意味では)贅沢なカメラを手に入れながら、撮るカット数はさっぱり落ちている。
E-5の前に使っていたE-3は、仕事上の写真も多かったが、作品取りにもかなり使った。(作品、などというほどのものではないけれど、「商売でない」という意味で、そういう分類とする)多分、買って3年くらいで数千カットは撮っただろう。もっと撮っていたのは、その前のオリンパスE-10というレンズ固定型400万画素感度320までという、今時そんなのありえないでしょうというスペックのカメラだったけれど、中古で400カットくらいまで撮ってあったところから始まって、カウンターが1周した。つまり1万カットを超えた。一度カラーバランスがメチャクチャに崩れて修理に出したけれど、その他は故障しなかった。防水とも防滴とも歌っていなかったけれど、随分雨にも当てたような気がする。
E-10ではスペック的にあまりにも苦しくなって来たので、E-3に買い替えた。E-3は良いカメラだったが、1つだけ弱点があった。それは、なぜか「ファインダーの水準がおかしい」ことで、ファインダーを覗いて撮ると、なぜか水平線が傾く、それも、かなり大きく傾く。修理にも出したけれど満足いく結果は得られなかった。それでも、なんとかかんとか撮っていた。
E-5は良い。水平もきっちり出る。E-3は感度800が限界だったが、1600でもいい絵が撮れる。Pen3に至っては、私は3200までOKだ。なのに、である。E-5を買ってもうそろそろ1年くらいになると思うのだけれど、200カット強くらいしか撮っていないのではないだろうか?
Pen3が、かろうじて700カットを超えたくらいだと思う。

なぜ写真を撮らなくなったのか。
理由は、実はあまりない。

あまり出かけなくなったというのはある。
仕事でも私用でも出かけなくて済むことが多くなり、仕事の写真も、往復の途上で撮るような写真も減っている。これは本当にあった話なのだが、紹介されてからメールのやりとりだけで、電話すらかけることなく、サイトの新規立ち上げを行った案件があった。去年のことだ。連絡手段はメールだけ。それで、ちゃんとプロジェクトが回っていて、私のところにはギャラが振り込まれた。ついに本当にこういう時代が来てしまったのだなあと思う。

撮りたい対象というと、奥さんと猫と花。奥さんは時々撮っているけれど、もしかしたら一時期よりは撮っていないかもしれない。いけないいけない。あと、私、頼まれてもヌードとか撮りませんから。もう裸なんて珍しくも何ともないでしょう、それより、服を来ているのにその人の奥底が写ってしまった写真なんかのほうが、色々な意味で凄いでしょう、撮れないけど。猫は、うーん、ちょっと最近撮っていないなあ。ただ、この近所の野良猫が減ったということはある。一時期は何匹居るのかと思うほど入れ替わり立ち代わり猫が来たが、最近はめっきり減った。うちで去勢手術をしてあげた野良猫も、いつの間にかどこかに行ってしまった。なぜ野良猫が減ったのかというと、実は、大家さんが猫を3匹も飼うようになって、その3匹が強固に縄張りを守っており、なかでも雄猫の「くま」が不審猫の追放に毎日せいを出しているので、それで、猫が来なくなったというのはあるかもしれない。
花。これが最近ダメだ。ここ数年、近所の古い家が取り壊されて、新しい家に立て替えられるケースが増えて来た。新しく住んでいる人は、多分、東京あたりを引退して、のんびり田舎暮らしをしようということで、引っ越して来たんじゃないかなあという気がする。何しろみんな、車がデラックス。で、それは別に構わないのだけれど、立て替えと同時に古い木や植え込みが除去されてしまったりして、花が減って来ているような気がする。
あと、一通り近所の花を撮ってしまったので、毎年同じところに行っても同じような絵にしかならないということもある。徹底して同じ場所を撮るという道も有り得るとは思うけれど、私はそこまで出来ないなあと思う。
じゃあ、遠くに行けば写真を撮るかというと、5月に奈良に行った時には、移動時間が長かったこともあって、せいぜい20カットくらいしか撮っていなかった。

E-5は感度1600まで、Pen3は感度3200まで、私の基準では、鑑賞に耐える絵が撮れる。銀塩の頃、ネオパン400PRESTOを640とかに増刊して苦労していた頃が嘘のようだ。なのにあの頃の方が写真を撮っていた。じゃあ明日から頑張ってバリバリ写真を撮るぞ、とか言ったりも、しませんけれど。私自身は、普通に暮らして普通に稼いで、普通に写真を撮れたらいいなと思っているだけなので。今は「あまり写真を撮らない」時なんだと思う。ずっとこのままかもしれないし、そうでないかもしれない。まあ、ずっとこのままであったほうが、写真器材にお金をかけなくて済むという意味では楽かもしれない。

今、ふと「カメラを全て売ってしまおうかな」と考えてみた。
「それは有り得ない」。

どんなに金に困っても、最低限Pen3は売らない。
写真を撮っていないけれど、撮れなくなるのは、やっぱり嫌だ。

よく眠る


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

先月の終わり頃から、やたら眠くなる。
昼でも夜でも、よく眠ってしまう。
昼寝をして、夜も眠って、いつ仕事をしているのかというと、今、幸いにして仕事が減っていて、バランスが取れている。新規サイトの立ち上げ時期とかだったら、困窮していただろう。

それで、昨夜は夜中におなかが空いたということもあって、ひなと一緒にセブンイレブンに行って、「氷結ストロング8%糖質ゼロ」という、体に良いのか悪いのかよくわからないお酒を買って来て飲んだのだけれど(本当は薬を飲んでるのでお酒はよくないのだけれど、昔から飲んでるせいか、平気)、ストロングでコロッと眠れるかと思ったら、かえって目が冴えてしまって眠れなかった。眠剤を飲んで無理矢理眠ったら、そうしたら、今朝起きたら12時半だった。今朝じゃないやん、昼やん。

眠くて仕方ない原因を色々考えてみたのだが、その1つに、「薬が多いのかな」というのが思い当たったので、薬を減らしたら、今度は過食で3kg太ってしまった。素人判断で薬を加減するのは良くないというのは分かっていはいるのだけれど。

最近、なぜか「ゆたぽんファイブクリアファイル」がよく売れる。ここ数日で100枚以上売れた。
そろそろ増刷を考えないと行けないかなと思っているけれど、全く同じ絵柄で増刷するのも芸がないし、その後色々追加(?)のキャラクタ等も登場したりしているので、新柄を考えようかななどと思っている。

湯河原10周年


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

実は10年前の今日、私は湯河原に引っ越して来た。
ひなに引っ越しを手伝ってもらって、夕方の東海道線の特急に乗って、湯河原に着いた。
荷物が届いたのは翌日25日で、役場に住民票の届け出に行ったのも翌日25日だった。

あれから10年が経った。色々な人に迷惑をかけ、色々なところで損害を出したりもした。そういうことばかりしていたという訳ではないが、色々な人々が迷惑を引き受けてくれたお陰で、今日の私があるのだとも思う。

勝手に予想する「2012年阪急鉄コレ」610系(外れ:正解6330形)


カテゴリー: テキスト日記鉄道 | 投稿日: | 投稿者:

本命:610系
次点:6300系「京とれいん仕様」

以前「勝手に予想する「2011年阪急鉄コレ」2300系冷房化後」http://hmk.iijiman.com/mamenikki/?p=2110で外れに外した予想だが、懲りずにもう一度考えてみた。

前回の敗因は、映画「阪急電車」と「今津北線開業90周年」を見落としていたことにあった。
映画を見落としていたのは世間知らずというか何と言うかお間抜けだが、「今津北線開業90周年」は盲点だった。
で、今回は、これまでの「鉄コレ」と阪急の社史を照らし合わせてみた。

2011年 3000系冷改 西宝線(今津北線)開通90周年&映画「阪急電車」
2010年 2000系非冷房 阪急電鉄開業100周年
2009年 1300系冷改 ? 
2008年 810系 ? (阪神急行電鉄に社名変更90年)
2007年 1010系非冷房 阪急創立100周年
2006年 920系登場時 神戸市内高架延長線開通70周年

では、2012年はどうかというと、

2012年 阪急宝塚線・箕面線開通100周年

・・・なのである。
では、1型とかも有り得るのかとも思ったけれど、1型は既に、梅田駅ジオラマとセットでこだわりの製品を出しているので、それはなかろう。
http://rail.hankyu.co.jp/railfan/topics/100308umeda.html

では、宝塚線と言えば何だろう?と考えたとき、ターゲットの世代と重ね合わせてみて、610系かなあ、と思う。
いくら宝塚線仕様だからといって、去年3000系を出して、今年に3100系ということはないだろう。同様に2100系もなさそう。6000系6000Fなど宝塚線らしいと言えば宝塚線らしいのだけれど、6000系はNゲージ版が出たばかり。

阪急の営業的には、もっと新しいサービスを推したいだろう、とすると、京とれいん仕様に改造された6300系かな、という気もする。京都線が1300系以来出ていない、ということもある。

正直言って前回の大ハズレがあるのであまり自信はない。

9月23日追記:
結果:「6330系」。
うわぁぁぁぁぁ!また外した!
宝塚線関係ないのか!
しかも8連が再現可能で「中間4両増結セット」は少数の生産」とのこと。うわぁぁぁぁぁ!オークションで値上がりしそう!
http://rail.hankyu.co.jp/railfan/topics/120913train_collection_news.html

Mac Bookの不調と、OS10.6クリーンインストール


カテゴリー: テキスト日記 | 投稿日: | 投稿者:

ひな日記にも書いてあるけれど、ひなのパソコンの調子が悪い。
Mac Book 2.26GHz・250GB・OS10.6。2010年7月購入。
具体的には、OSの起動が遅い。Safariの起動も遅い。
全般的に、反応が遅い。キー入力のとりこぼしをする。

まずハードディスクの内容を消去せずにOSの再インストールを行ってみたが、あまり効果はなかった。
それではクリーンインストールしかないかも、と思って、やってみた。
その前に、メール本文とメールアカウント、アドレスブック、等々を640MB MOにバックアップ。とりあえずMOがあって良かった。バックアップコピーさえ取れれば、CD-RWでもよいのかもしれない。

※参考
「Mac OS X 10.4 の重要なファイルをバックアップおよびリストアする方法」
http://support.apple.com/kb/HT2980?viewlocale=ja_JP

次に、CDからOS10.6を起動後、ディスクユーティリティを起動して、「ボリュームの消去」(要はクイックフォーマット)の後、再インストールを始めて見たのだが、これが躓いた。
「残りあと29分」くらいのところで、何度も何度も同じ音を立ててDVDを読みに行っている感じ。
DVDの保存状態は良かったので、DVDの傷よりも、ハードディスクの異常を予感した。

そこで一旦インストールを、強制的な電源offで中止し、再度CDからOS10.6を起動。ディスクユーティリティを起動して、ハードディスクの消去のセキュリティオプションで「0を書き込み」を選択。こうすると、一旦ディスク全体に「0」のデータを書き込むが、ハードディスク上に、排除されていない不良セクタがあると、これを排除し、ディスクの正常な部分だけを使うように出来る、はず。250GBのフォーマットに、1時間くらい掛かっただろうか。

そして改めてOS10.6をインストール。恐怖の「残り時間あと29分地帯」を回避出来るようになったかどうか非常に不安だったが、何とかOS10.6の再インストールが完了した。

その後、バックアップしておいたメールのアカウントとデータ、アドレスブック、Safariのブックマーク、その他書類などをMOから所定の場所に復元。

※参考「Mac OS X v10.6 Snow Leopard:消去してからインストールする方法」
http://support.apple.com/kb/HT3910?viewlocale=ja_JP

作業後、試しに少し動かしてみたが、起動にかかる時間は普通になった感じ、Safariも普通に起動し、文字の取りこぼしもなくなったようだ。

今回のトラブルは、おそらく、HDD上に不良セクタが増えたことが原因であると思う。不良セクタのないHDDなどというものは、もともとないものであるが、「増えた」のが、一時的なトラブルが原因なのか、それとも本格的な故障の前触れなのか。今度不調になったら、そのときには修理に出してHDDを交換して貰うか(自分で交換する気にはなれない)、新しいMacを買うかしたほうがよいと思う。

しかし、DVDドライブがなく、OSのメディアもない10.7以降だったら、どうしたらいいんだろうな、こういう場合。
常日頃からApple純正の「timemachine」を使うというのが現実的なのだろうか。